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木質の偽造ペレット工場

東方の二次創作SSです。いぢめ・グロ注意

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歩け! イヌバシリさん vol.11

※超絶オリジナル設定注意。
※一部残虐表現有り。
※超絶オリジナル設定注意。
※一部残虐表現有り。



一作目は作品集144
二作目は作品集148
三作目は作品集154
四作目は作品集159
五作目は作品集165
六作目は作品集171
七作目は作品集174
八作目は作品集178
九作目は作品集188
十作目は作品集192 にあります。



【登場人物】

犬走椛:哨戒が仕事の白狼天狗。現在は隊長職。彼女を慕う部下は多い。大天狗とは古くからの付き合い。

射命丸文:鴉天狗の新聞記者。椛のことを好いている。頭脳と実力は幹部から高い評価を得ている。

姫海棠はたて:鴉天狗の新聞記者。天魔と血縁関係にあるが本人はそのことを知らない。周囲が色々と世話を焼いてくれる。

大天狗:椛の上司。天狗社会のNo.2。天狗社会の裏番長的存在。

天魔:天狗社会の最高統括者。見た目は童女、頭脳は老婆。お菓子好き。いつもはたての事を心配している。







【 episode.1 狼たちの午後 】


大天狗に報告書を提出しにやってきた椛。
今日も今日とて雑談に花を咲かせる。

「今日は機嫌が良いですね?」
「わかる? 今度の合コンにね。天魔ちゃんが参加してくれることになったのよ。『いつも断ってばかりで悪いから』って言ってさ」
「良かったですね」
「天魔ちゃんが参加するってなると、いつもより大勢集まるからね。捗るわ」
「それだと参加する男達はみんな天魔様にしか興味がないって事になりません?」
「…」
「…」
「……なんてこったッ!!?」
(本気で気付いてなかったのかこの人?)

何が彼女の目をここまで曇らせるのか理解できない椛。

「なんで皆天魔ちゃんを選ぶわけ!? あっちの方が私より歳行ってるからね!!」
「まぁ天狗の男って小さい体型の者を好む傾向にありますし、どうか気を落とさず」
「それは逆よモミちゃん」
「逆とは?」
「ロリコンが多いから天魔ちゃんが人気なんじゃなくて、天魔ちゃんがいるからロリコンが多いのよ」
「仰ってる意味が?」
「天魔ちゃん、あんなナリでも天狗じゃ長老でしょ? 天狗の大半はあの子見ながら育ったワケよ。あの美幼女を」

天魔が初恋の相手。という男は少なくない。

「そしてついたあだ名が『ロリコン製造天狗』」
「本人が聞いたら、人里まで殴り飛ばされますね」
「でも事実だからねぇ。昔、寝ぼけた天魔ちゃんに『母上』って呼ばれた事があったけど、マジで母乳でそうになったわ」
「聞きたくなかったなぁその話」
「ホント、小さいってマジ反則」
「そこまで言うなら術で見た目変えれば良いじゃないですか」
「私、変化の術と相性悪いみたいで。色々と練習したんだけどねぇ」
「プライド無いんですか貴女は」

そこは『この姿でなければ意味が無い』と言って欲しかったと思う椛。

「私がちんまい時は、種族を超えていろんな男が寄って来たのよ。みんなお姫様みたいに扱ってくれてさぁ」
「時間の流れって残酷ですね」
「あの時の栄光をもう一度」
「無理なんじゃないですかね?」
「どうしても体験したくて、こんな企画を用意したわ」

クリップで纏められた紙の束を渡される。

「賊が人質を取って立てこもった場合を想定した訓練?」

表紙の題目を見て首を傾げた。

「人質を取る侵入者から、人質を救出する訓練よ」
「ちなみに人質役は?」
「私自身です。囚われの姫である大天狗様の為に、みんなが命を賭けて頑張って貰う感じの訓練です」

企画書を持つ椛の手に自然と力が入る。

「待って! 破かないで! 冗談だから、実はこれ天魔ちゃん直々の頼みで、結構真面目な訓練だから!」
「天魔様の?」
「うん。今の山に必要な訓練だって言ってた」
「立て篭もりなんて、そんなに頻発するようなものですか?」
「だからあえてやるのよ。最近、不用意に山に近づく新参の連中も増えてきたから、『想定外の事態が起こるかもしれない』って心構えも持たせるために」

緊急時、その心構えが有ると無いとでは、初動の早さが大きく違ってくる。
人質救出自体はそれほど重要ではなく、どんな事態でも狼狽える事のない精神を養うのが狙いだと大天狗は語った。

「そういう事なら、やっといて損は無いと思いますけど、具体的に何やらせる気ですか?」

訓練を行うよう天魔から命じられてはいたが、軍権はすべて大天狗が握っているため、訓練の詳細については全て大天狗が考えることになっている。

「色々と考えてみたんだけど、いい案が浮かばなくて。不思議と立て篭もり現場の風景が想像できないのよ。なんでかしら?」
「いつも。立て篭もりの状況になる前に『人質? 面倒臭ぇ。まとめてやっちまえ』という、非常に気持ちの良い決断を下すからですよ」
「えへへ」
「褒めてません」
「とりあえず、侵入者が人質を取った状態からスタートして、人質の救出と侵入者の確保までの流れを各部隊に体験でどうかな?」
「それでちゃんと訓練になるんですか? なんかグダグダになりそうな気がするんですけど」
「やっぱりそう思う?」

大天狗は気だるそうに息を吐いて、頬杖をついた。

「初めての試みだし、やっぱり一回どっかの部隊で予行練習しときたいなー」

白々しい声色でそう言って、椛に視線を送る。

「わかりました。うちの隊員を集めます。その代わり特別出動手当てをつけてくださいよ?」










数日後。
雑木林の中で予行演習は行われた。

「んじゃ、非常に不本意だけど私が犯人役やるから」

椛率いる哨戒部隊の前で大天狗が簡単な流れを説明する。

「今回人質役はこの丸太君」

ちょうど大人一人分の重さの丸太に、大天狗は『人質』と書かれた紙を貼る。

「私は『とある目的で山に侵入するが発見され、逃走中に幸運にも人質が手に入り、人質を利用して目的の達成と山からの脱出を図る侵入者』って設定でアドリブで動くから、そっちは人質の救出と侵入者確保の為に動いてね。何か質問は? はい、そこのブ男」
「始まった時の我々の状態は?」
「私を取り囲んだ状態でスタートしてちょうだい。他には? はいモミちゃん」
「昨日の天魔様を交えての合コンの結果は?」
「聞かないで!!」

こうして訓練が始まった。

「無駄な抵抗は止めて。大人しく人質を解放しなさい」

椛はメガホン片手に犯人役の大天狗に呼びかける。

「うるさい! それ以上近づいたら人質の命は無いわよ! 人質を返してほしきゃ私の言う事を聞きなさい!」
「そちらの要求は?」
「良い男」
「は?」
「良い男と逃走用の車を用意しなさい!!」
「真面目にやってくれませんかね?」

額に青筋を浮かべながら大天狗に警告する。

「なんかこういうロールプレイングってボケたくならない?」
「わざわざボケなくても、大天狗様が丸太を抱えている時点で十分ネタになってるからいらないです」

気を取り直して最初から。

「無駄な抵抗は止めて。大人しく人質を解放しなさい」
「無事に返して欲しかったら河童の秘薬を持ってきなさい! そいつと交換よ!」
「その要求は呑めない。諦めて投降しろ。人質が無事ならば大天狗様の名において寛大な処置を下すことを約束する」

『大天狗様の名において寛大な処置を下す』とは、罪人を説得する際によく用いられる、常套句のようなものだった。

「なんかこの状況でその台詞聞くと、私が自分にすごい甘い奴みたいな感じに聞こえるわね」
「大天狗様あのですね?」

軽くイラつく椛。

「貴女が考えた台本ですよね? なんでそれ通りにできないんですかね?」
「私がルールブックよ!」
「こっちは非番の隊員までかりたててやってるんです。真面目にやらないと帰りますよ」
「はーい」

仕切りなおしてもう一回最初から。

「げへへへ。この人質の命が惜しければ山のロリコン共を全員駆逐し…」
「解散」
「「「御疲れ様でしたー」」」

メガホンを投げ捨てて踵を返す椛。部下もその後をぞろぞろと続いていく。

「ごめん! 本当にごめん! だからワンモアチャンス!!」
「私が犯人役やりますから大天狗様は隅っこで見ててください」
「いいけど、折角だし私に人質役やらせてよ」
「余計な事しないって約束してください」
「うん」

役を入れ替えてやり直し。

「無駄な抵抗は止めて。大人しく人質を解放しろ」

椛にメガホンを渡された隊員が説得の言葉を投げかける。

「河童の秘薬と交換だ」
「それで何をするつもりだ!?」
(そういえば考えてなかったな)

役柄を変えたものの、そこまで考えていなかった椛。大天狗に小声で尋ねる。

「侵入者って河童の秘薬で何をするつもりなんでしょうね?」
「私に聞かれても知らないわよ。モミちゃんのアドリブに任せるわ」
「ふむ」

このまま演習を止めるワケにもいかないため、思いつきに任せて椛は口を開いた。

「えーと。私には生まれつき足の不自由な妹がいてな…」

椛は語った。存分に語った。
足の不自由な妹を持った姉という設定で、その身の上を。


―――――【ある侵入者の半生】―――――

障害を理由に口減らしにされそうになった妹を抱えて姉は家出した。
貧困街で物乞いをして命を繋ぐ日々、しかし、どんなに飢えていても妹の身体だけは穢すまいと心に誓い、妹の為なら下賎に身をやつす事も厭わなかった。
貧困街で生きること数年。体も大きくなり選べる仕事も増えて、貧しいながらも安定した生活を得た。
そんなある日、姉妹に転機が訪れた。
興味本位で見物に来た富裕層の青年が、彼女を気に入ったのだ。
嫁には出来ないが、妾としてなら受け入れようと打診された。
これ以上にない絶好の機会だった。
しかし一つ問題が上がった。妾となる約束を結ぶ直前に、足の不自由な妹は連れて行けないと、いくら金銭に余裕があるからとはいえ、妹の介護までする義理は無いと青年が言い出したのだ。
歩けない妹がこの街で一人で生きているはずがない。
姉は食い下がり「では妹が歩けるようになれば、一緒に連れて行ってくれるか?」と尋ねると、彼は是と応えた。
妹と共にこの街を脱出する為に、彼女は幻の薬があるとされる妖怪の山へ向かった。

―――――【ある侵入者の半生】―――――

「青年とかいう奴、なんて甲斐性のねぇ野郎だ…」
「あんまりだそんな現実」

自身の極貧体験を交えて語ったその物語は凄まじい程にリアルで、隊員達の心を打った。
中には涙を流す者もいた。

「続きは! 隊長続きは!?」
「今まさにこの状況だ。だから早く薬を持ってきてください。妹の為にも」
「早まっちゃいけねぇよお嬢さん! アンタが死んだら妹さんはどうなる!」
「俺らが秘薬持って来てやるからよぉ。滅多な事はしちゃいけねぇ!!」

あろうことか予行演習を忘れて真剣に説得する者が出てきた。

「人情深い連中が多いのねモミちゃんの部隊」
「チンピラ上がりなせいか、変に義理堅い所とかありますからね」
「もう良い! 次! 次の予行演習やるわよ!!」

この形での演習は不向きと判断した大天狗は、演習内容を変えることにした。










「お前等、今の状況を整理するぞ?」

隊員達が円になっている真ん中に椛が立ち、説明を始める。

「侵入者が人質をとって小屋に立て篭もっている。私達は小屋に突入して速やかに人質の救出と侵入者の確保しなければならない」
「そう言われましても」

隊員達が掘っ立て小屋の方向を見る。
窓に肘を付いた大天狗が優雅に手を振っていた。

「アレに挑めと?」

隊員達の目には、ただの掘っ立て小屋が要塞のように見えた。

「ちょっとー、何時まで固まってるのよー。ペナルティエリアからのフリーキックじゃないんだかさー」
「なんですかその例え?」

痺れを切らせた大天狗が隊員達を急かす。

「ちょっとくらい待っててくださいよ。これから作戦を練るんですから」
「こっちは暇なのよ。話し相手もいないし」

『人質』の張り紙をされた丸太を恨めしそうに見る。

「堪え性の無い女は好かれませんよ?」
「もともとモテないからいいもんねーだ」
「大天狗様の事が大好きだという奴なら一人知ってますよ」
「ホントに!? 誰!?」
「昔、貴女の右腕を務め、今は保守派の頭をやってる方です」
「クソサイコレズじゃん! この前久しぶりに会ったけど相変わらず気持ち悪かったわよ!」
「昔はもっと酷かったですよ。大天狗様の使用した櫛から毛髪を採取したり、呉服屋で貴女が試着したけど買わなかった着物を買い取ったり」
「そんな事してたのアイツ!?」
「もっとエグいのもありますけど聞きたいですか? 貴女との恋愛を描いた同人誌を800部刷って配ったとか」
「それは知ってる。回収するのに滅茶苦茶苦労したわ」
「ところで大天狗様」
「なに?」
「人質救出しちゃったんですけど」
「へ?」

振り返る。隊員が丸太を抱えて小屋から脱出していた。

「訓練終わっちゃいましたけど、帰っていいですか?」
「ノーカン! 今のノーカン! もっかいやらせて!!」
「我々も暇じゃないのでそろそろ」
「そういわずに!」
「そういえば詰所の畳がかなり色あせておりまして」
「わかったわよ。修繕費の予算組んでおくわよ」
「あと、仮眠室の布団がカビ臭いんですよね」
「あのね? いくら私の地位でも公費の操作には手間と労力がかかるのよ? 内部監査が毎回小姑みたいに細かいところまで予算の調査するのよ?」
「ゴホッ、ゴホッ、汚い布団で寝たからか結核と思わしき症状が」
「来週あたり匿名でお布団が詰所に届いてるんじゃないかな!? 誰かさんのポケットマネーで買ったお布団がね!」

こうして泣きの一回が行われることになった。

「始める前にちょっと良い?」
「なんですか?」
「人質が丸太ってのがいけないわ。緊迫感が欠けるわ」
「我々の中から人質役を提供しろと?」
「うん」
「ちょっと会議させてください」

大天狗から聞こえない位置まで離れ円になる。

「人質を志願する者は?」

全員、口を真一文字に結んで首を振った。

「だよなぁ」

誰がすき好んで猛獣と同じ檻の中に入るのか。

「となると、大天狗様には引き続きこの丸太を人質として使ってもらうしかないな」
「しかしどうやって継続で使うようお願いするんです?」
「一つ考えがある。紙と筆はあるか?」

話し合いが終わり、椛一人が丸太を抱えて大天狗のもとまで戻ってくる。

「モミちゃんが人質役?」
「いいえ。人質役はこの『ウシワカ君』です」
「ウシワカ君?」
「彼の身の上について話しましょう」
「え? 身の上? え?」

つらつらと語り始める。

「彼の父親はライバル店の汚い計略により膨大な借金を背負わされて、それを苦に自殺。美人で有名な母親は、借金の肩代わりを条件にライバル店の社長の妾になっています」
「なにその設定?」
「彼は現在、父を自殺に追いやった店に奉公に出されているのですが、そこでの扱いは酷いもので、常に冷遇されて育ちました」
「ちょっと待って! 昔に知り合った人間とすごい状況が酷似してるんだけど!」
「そんな彼はある日、押し付けられた水汲みの帰り道、侵入者に運悪く捕まってしまい人質となりました」

『ウシワカ君』と書かれた紙が貼られた丸太を大天狗に渡す。

「どうしよう。ちょっと気になっちゃう。ただの丸太なのに」
「ただの丸太ではありません。『ウシワカ君』です。少女と見紛う程に容姿端麗な美少年です」
「あれ? 嘘? なんかすっごいドキドキしてきた」
「人質役は引き続き彼に任せて構いませんね?」
「ま、まぁいいかな」

丸太を先ほどより大事に抱えて小屋へと戻っていった。

「よし」
「隊長、こっちも準備できました」

椛が振り返ると木刀を携えた隊員数名が整列していた。
彼らは隊の中でも屈指の実力を誇る精鋭である。彼らが先陣を切る。

「いつでも行けます!」

彼らを一斉に小屋に突入させて、数で圧倒して丸太を奪うという作戦である。

「何を言ってる? まだこれを忘れているぞ」

椛は有刺鉄線がギチギチに巻かれた鉄パイプを、突入班全員に持たせた。

「あの隊長、いくら相手が大天狗様とはいえ、流石にこれはマズイんじゃ?」
「大丈夫だ。大天狗様は伝説の剣(つるぎ)で、体の八箇所に埋まっている核を同時に破壊しない限り不死身だ」
「どこの魔王ですかそれ…いや、実際に人間に『魔王』って呼ばれてたんでしたっけあの人?」
「鞍馬山魔王大僧正って、呼ばれると異常に拗ねるからな。間違っても本人の前でその話はするなよ?」

こうして椛監修のもと全員の装備が整った。

「『殺す気でやれ』なんて半端な事を言うつもりは無い。殺して来い」
「訓練でそんな事言うヒト初めてみたよ」

そして椛は精鋭達を見送る。

「大丈夫でしょうかアイツ等?」

椛の隊に所属する、実戦よりも事務職を主に行う白狼天狗の少女が椛に尋ねる。
かつて、椛に片思いをしている事を文に告げ、その直後にロメロスペシャルを掛けられた少女である。

「大天狗様を抑えつつ丸太を奪ってくるだけだから、案外成功したりするんじゃ……うおっ!」

空から、たった今見送ったはずの隊員が降ってきた。
小屋の方を見る。

「何アンタ等!? 平家か!? 平家の手先か!?」

窓から顔を出した大天狗が叫んでいた。

「あの、大天狗様?」
「この子は私が育てる!! 次こそ征夷大将軍まで押し上げる!!」

丸太を抱えそう宣言する大天狗。

「ひょっとして? 大天狗様、元彼の人間のこと思い出して変なスイッチ入ったんでしょうか?」
「どうやらそうみたいだ」
「この場合営利目的の立て篭もりというより、ショタコン拗らせた行き遅れのおば…」

軽口を叩いた隊員の頬を固い小石のような物体が亜高速で通過した。

「聞こえてるゾ♪」

大天狗の指先から煙が上がっていた。天狗礫を放った証拠である。
指から上がる煙をふっと息で散らしてから、懐に手を入れて札を五枚取り出す。
外に向けて放ると札が小屋の壁に張り付いた。

「隊長、なんでしょうかあのお札?」
「最悪だ」
「何かご存知なんですか?」
「あれには見覚えがある。大天狗様が弾幕ごっこに興じているのを見た時だ。大天狗様の傍らを漂い、常に弾幕を放っていた」

いわゆる『オプション』と呼ばれているモノである。
椛の説明が終わると札が青白く発光し始めた。

「まずい! 散れ!!」

大天狗の凶弾が、濁流のごとく周囲にばら撒かれる。
一発一発が、先ほど指先から放った天狗礫と同等の威力だった。

「ちょっと隊長! これ死にますって私達! 木が持ちませんよ!」

機関銃のように連射される天狗礫、椛達は自身から最も近い立木に隠れ事なきを得る。
しかし天狗礫を受けた木の表面は徐々に削られ、倒木は時間の問題となっていた。

「これじゃ弾幕ごっこじゃなくてインベーダーゲームですよ!」
「言ってる場合か!」

椛は辺りを見回して他の隊員達の様子を見る。
幸い全員、遮蔽物の陰に隠れていた。

「大天狗様! 冷静になってください! これはただの訓練ですよ!」
「今度は武芸だけじゃなくて、敗因となったコミュ力も鍛えちゃる!」
「やめた方がいいですってばっ! あの時代、社交性がある奴の方がかえって早死にしてますから!」
「人んちの教育方針に口出しは許さん!」
「駄目だ。完全にのめりこんでる」

そうこうしている間に、椛達が隠れている木の根元が嫌な音を立て始めた。

「この状況は、もう駄目なんじゃないか?」

ゴロンと木に背中を預ける。

「みんな仲良く全治一ヶ月だなこれは」
「何弱気な事言ってるんですか」

「隊長!!」

すぐ近くの木に身を隠す隊員が椛に向かい叫んだ。

「俺が突破口を開きます。突入の許可を」
「止めておけ、冗談抜きで死ぬぞ?」
「確かに死ぬかもしれません。だから聞いてください」
「なにをだ?」
「もし生きて帰ってこれたら、今晩。デー…いでっ!」

同じ木に隠れていた隊員が、背後から彼の頭に拳骨を入れた。
二人にしか聞こえない音量で話す。

(テメェなにドサクサに紛れて隊長に告白しようとしてんだ!)
(んだよ? テメェも隊長狙いかよ)
(俺だけじゃねぇ。周りを良く見てみろ)
(あ?)

誰のものかはわからないが、自分に向け様々な方向から怨嗟の視線が注がれているのがわかった。

「おいどうしたんだ突然殴ったりして?」

不審に思った椛が声を掛けた。

「あ。いえ。コイツの頭に毛虫がいたんで取ってやったんですよ」
「そういえばソイツ。何か言いかけてたみたいだが? 今晩どうとか?」
「『今晩。一杯おごってくれ』って言いたかったみたいです」
「この状態をなんとか出来るなら、何でもしてやるよ。一杯でも二杯でも気がするまで労ってやる」

椛のその言葉に一部の隊員達が反応する。

「ん?」
「今」
「なんでもって?」

どこからともなくそんな声が湧いてきて。椛に確認を求める。

「『なんでも』ってアレですよ? 『バスタオル姿で背中流して』ってお願いしたら本当にやってくれるんですか?」
「お前等が大天狗様に勝てるワケないだろ」
「万が一、億が一にでも俺らが大天狗様を倒したらやってくれるんですか?」
「ああいいぞ。お前達があの状態の大天狗様をどうにかできたら、天下を取ったも同然だからな」

この時、隊員達の目の色が変わった。





掘っ立て小屋の中。

「愛いやつ、愛いやつ」

丸太を強く抱えて頬擦りをする大天狗。

「いとたまらん。なぜお前はこうも芳しい? まるでヒノキのような香りぞ?」

材質がヒノキなので当然である。

「すっごい落ち着………ハッ!?」

急に冷静さを取り戻した大天狗。

「やばい、軽く死にたくなってきた」

丸太をそっと壁に立て掛ける。

「あ、そういえば札貼ったままじゃん。皆大丈夫かな?」

弾幕を解除すべく窓から顔を出す。

「うおおおおおおおお!!」
「なんか特攻してきてるぅ!!?」

盾を前にかざし雁型の陣形を組んでこちらに向かい走ってくる椛の部下達。

「アゥチッ!!」
「右舷が一人やれた!!」
「おい! 大丈夫か!!」
「振り返るな! 持ち場を死守しろ!」
「仲間がやられたと思うな! ライバルが減ったと思え!!」

札からの凶弾に一人、また一人と脱落していく中、誰一人は怯むことなく果敢に吶喊(とっかん)していく。

「バスタオル! 隊長のバスタオル姿!!」
「バスタオルなど陳腐! 背中を流す女子の衣装はサラシに褌が正装と古より決まっている!」
「素肌にハッピ姿こそ正義!」
「スク水一択! それ以外はまかりならん!!」
「白装束! 水で濡れた透け透けの白装束!!」
「マイクロビキニ! マイクロビキニ!!」

(なんなのコイツら? 血走った目で意味不明な事言ってる)

気迫だけならまぎれもなく一流だった。

「せいやぁ!!」

そしてとうとう小屋に到達し、そのまま体当たり、札の破壊に成功した。
同時に壁は砕け、屋根が崩れ落ち、小屋はどこにも存在しなくなった。

「おーすごいすごい。まさか私のオプションを壊すとは」
「大天狗様ぁぁ!!」

ここまで辿り着いた者達は全員盾を捨てて腕を捲くり、声を張り上げた。

「男の浪漫のために、ここで討たせて候!!」
「うるせぇ土方上がりのチンピラ共が! 貴様等にウシワカ君はやらん!!」
「往生しなっせ!!」
「こいやぁぁぁ! 全員水洗いされたチワワみたいにしたる!!」

一斉に飛び掛る隊員達。上がる砂煙。
屈強な体躯の男達を千切っては投げ千切っては投げを繰り返す大天狗。それでも立ち上がり果敢に挑む隊員。

「勇気あるなぁアイツ等」

それを傍観する椛。

「あの隊長」
「どうした?」

戦闘に参加していた女性隊員数名が椛の元へ戻ってくる。

「ドサクサに紛れて丸太回収してきました」
「おおそうか。ご苦労だった。大天狗様ー! もう帰っていいですかー!?」
「ああ、うん。お疲れモミちゃん」
「「「大天狗様覚悟ォ!!」」」
「しゃらくせえ餓鬼ども!!」

更に高く舞い上がる白狼天狗の男達。

「許可も取れたし帰るか」
「それにしても汗かきましたね。銭湯寄ってきましょう銭湯!」
「そうだな、寄ってくか」
「あ、あと今日って特別手当が付くんですよね? 銭湯の帰りに一杯飲みましょうよ?」
「私は構わないが、お前たちはどうする?」
「「「ご一緒しまーす!!」」」

返事をして。椛の後を軽やかな足取りでついてく面々。

「あ、モミちゃん! 私もその女子会みたいなのに参加させ…」
「御印頂戴!!」
「邪魔すんな!」
「おぐっ!」

まるで獲物に群がる蟻のように、オオスズメバチに挑むミツバチのように、大天狗に次から次へ飛びかかる。

「うわああああん! なんでじゃぁ! なんで私にはこんな形でしか男が寄ってこんのじゃああああ!!」

椛達の後方で、そんな悲痛な叫びが上がった。






【 episode.2 学校へ行こう 】


大天狗の自室。

「えーと、合同演習の成績と侵入者撃退数を足して」

帳簿を見ながらそろばんを弾く大天狗を、椛はソワソワと落ち着かない様子で見守っていた。

「普段の素行としては、隊員同士での喧嘩が何度かあり一度厳重注意を受けている。マイナス7点っと。以上を踏まえての合計は…」

大天狗の手が止まり、机の隅にある印鑑に伸びる。印鑑は『優』『良』『劣』の三種類がある。

「限りなく『劣』に近いけど、ギリギリ『良』ね」

椛の名が書かれた書類に『良』の印鑑が捺される。それを見届けた椛は、肩の荷が下りたといわんばかりに脱力した。

「ありがとうございます」
「次期への期待値込みでこの評価だからね?」
「はい、がんばります」

畳みに手を付き、椛は深い礼をした。
査定で『良』の評価を貰ったことで椛の給金の上昇が確定した。

「それじゃあモミちゃんの印鑑ココに押して。それで手続き完了だから」
「はい」

大天狗の印の右側に椛は持参した判を捺した。

「あとこっちにも印鑑ちょうだい」
「はいはい」

机の上に書類を広げ、椛の判が必要な位置を指で指し示す。
椛はその誘導に従い印を捺していく。

「でも、モミちゃんもすっかり隊長が板について来たわね」

手を止めることなく大天狗が話しかける。

「そうですかね?」
「今回の合同演習に限らず、山童捕獲を頼んで以降の演習じゃ、どれも良い成績残してるじゃない」

以前、大天狗の命で山童化した河童を連れ戻す任務をこなしてから、隊員同士の連携が格段に良くなった。
お陰で毎回の演習では中の上あたりには名前を残せるようになった。

「いやぁ、流石はモミちゃん。指揮官もバッチリね」
「私はこれといって何も。もともと優秀な奴が揃ってましたから」
「謙遜しちゃってもう」

印鑑をつき終わった書類をまとめ、新たな書類を広げる。

「誰にも心を開こうとしなかった孤児が、今じゃ隊長やってるなんてねぇ。時間の流れを感じるわ」
「また年寄り臭いことを…って危なっ!」

大天狗が指差す紙。『転属希望書』と銘打たれた紙に判を捺しそうになり慌てて手を引っ込める。

「なんですかこの紙?」
「結構前にさ、隊長職をある程度経験したら訓練生の教官やらないか、って聞いたこと覚えてる?」
「その話はお断りしたハズですが?」
「酒の席だったしさ。もう一回考えてくれないかな? 優秀な教官を必要とする学び舎があるのよ」

大天狗は厚紙を渡す。印刷所で正式に作られているパンフレットのようだった。
綺麗な校舎と道場、広い演習林の写真が掲載されている。
怪訝な表情をしながら、椛は最も気になる一文を読み上げる。

「『未来の優れた白狼天狗を養成』?」
「うん。そこは白狼天狗限定の学園。2年くらい前に設立したの知らない?」
「いえ全く」
「3年以内に入隊可能な年齢の白狼天狗の子が対象なんだけどね」

白狼天狗の子供は、鴉天狗や鼻高天狗、山伏天狗と違い、義務教育を課せられていない。
そのため、哨戒部隊に入隊可能な年齢になるまでは、両親から教わったり、近所の寺子屋に通ったりして読み書きと必要最低限の教養を身につけるのが一般である。

「この学園はいわばエリート養成所なのよ。鴉天狗と同等の教育を受け、優秀な師範のいる道場で剣の腕を鍛え、学園裏の演習林で実戦の感覚を養う。中々の英才教育よ」
「子供は子供らしく好きに遊んでいれば良いんですよ。そんな所に誰が我が子を預けるのか」
「それがね募集を開始したら即満席になっちゃったのよ。結構な学費なんだけどね」
「どこの馬鹿親ですか?」
「長いこと隊長職とか上官職やってる白狼天狗の親が是非とも我が子をって感じで」
「金持ちはもっと金持ちになって、貧乏人は貧乏人のまま。これからは白狼天狗の間でも貧富の差が広がるワケですか」

嫌だ嫌だとぼやきながら首を振る。

「しかしよく他の天狗が許可しましたね。白狼天狗に自分達と同等の教育なんて良い顔しなかったんじゃないですか?」
「立案者が八坂神奈子だからねぇ」
「なんですって?」
「白狼天狗差別を撤廃するために、彼らにも適正な教育の場をって訴えてきたのよ。必要な費用と資材は提供するからって」
「それで許可したんですか?」
「八坂神奈子が山に来てすぐ、本性出す前に持ちかけてきた話だったから、善意で言ってるとばかり思ってたのよ。私もまぁ、白狼天狗には教育の場が少ないと前々から思ってたし」

もし今、神奈子が同じ提案を持ちかけてきたら確実に断っている。

「何か目的があるに決まってるじゃないですか。裏で洗脳でもしてるんじゃないですか?」
「その辺は大丈夫よ。教材は検閲済みだし、ちゃんと教員は信頼できるのを選んでる。教員の中には保守派の連中もあえて入れてるから、下手に動けないハズよ」
「だと良いんですがね」
「そんなに心配ならモミちゃんもココで働きなさい。この書類に犬走の印鑑捺したらすぐ異動させてあげるわよ?」
「慎んでお断りします」
「まま、そう言わず」












新聞の束が押し込められた鞄を肩にかけた姫海棠はたては、大天狗の屋敷の前に着地した。

「こんにちはー」
「おや、これはこれは。新聞の配達ですか?」

門前で水を撒いていた従者が彼女に気付き会釈する。

「はい。新刊ができましたので」
「大天狗様なら今、自室で椛殿とご歓談中のようです。行けば喜ばれますよ」
(椛来てるんだ、じゃあ行こうかな)

一対一で大天狗といられるほど図太い神経をしていないため、普段は従者に渡したり、郵便受けに入れて去る事が多いのだが、椛がいると知り直接渡すことにした。
玄関で下駄を脱ぎ、まっすぐ大天狗の部屋を目指す。

「いいからサインしなさい! ココに『犬走』って!」
「嫌です」
「そもそも何、犬走って!? あそこを実際に犬が走ってるところ見たことないんだけど!」
「そんなこと言ったら階段の『踊り場』だって誰も踊ってないじゃないですか」
「踊ってやるわよ私が! リンボーでもコサックでもマイムマイムでも!」
「皆が通れないんでやめてください」

(何を言い合ってるんだろう?)

白熱する議論のようなモノが聞こえてきて、入るのに少し戸惑うが、意を決して取っ手を掴む。

「失礼します」

恐る恐る襖を開ける。

「じゃあ鶯(ウグイス)張りのここの廊下は、床の底に鶯埋まってるんですか?」
「鶯張りなんてしませんー! 廊下が単に老朽化してるだけですぅー!」
「大工呼べばいいじゃないですか」
「資金難なのよ! どっかの隊にいろいろ貢いだせいで!」
「布団ありがとうございました」
「どういたしまして!」

「…」

ただ立ち尽くすことしか出来ないはたて。

「失礼しました」

諦めてゆっくり襖を閉じようとすると。

「お、はたてちゃん。ちょうど良かった!」
「ひゃわっ!?」

気付いた大天狗に腕をガシリと掴まれ、中に引き込まれた。


「はたてちゃんからもモミちゃんに言ってやってよ!」
「あの、何をですか?」
「あれ? そういえば何で言い合いになったんだっけ?」
「なんででしたっけ?」

はたての登場で冷静さを取り戻す二人。

「えっと。教官になるならないで押し問答を始めたのが切欠でしたっけ?」
「あーそうそう。それよ」
「ごめん椛。私には何がなんだか」
「そうね。順を追って話すわ」

大天狗ははたてに、学園の紹介と、今回の口論の経緯について話した。

「へー椛が先生かぁ…」
「素敵だと思わない?」
「椛って教えるのが上手いから先生に向いてるって前々から思ってたんです。私も剣術を教わった時はメキメキ上達して…」
「「…」」
「なんで顔を横に!?」

はたての剣術の才能の無さは、この二人に気を使わせる程であった。

「そういえばモミちゃん。昼は非番だって言ってたわね?」
「それが何か?」
「この小包、学園に届けに行ってくれない?」

椛が興味を持つ切欠になればと、学園への使いを頼む。

「鴉にでも運ばせれば良いじゃないですか」
「それなりに大事な物だから信頼してる子に持ってって欲しいのよ。あ、もちろんタダとは言わないわよ」

券を二枚、小包の上においた。

「学園の近くに甘味処があるから、そこで休憩していきなさい」
「これってまさか限定杏仁豆腐の優待チケット!?」

やや興奮気味に大天狗の持つ券を見つめるはたて。

「流石スイーツ記事の記者。やはり知ってたわね」
「なんですかそれ?」
「厳選された素材を使うせいで一日限定30食しか売られてなくて、早朝から並ばないと食べられない幻の杏仁豆腐があるの」
「このチケットはすごいわよ。すでに30食完売しててもこれを渡せば31食目が運ばれてくるんだもの」
「まさか本当に実在してたなんて」

甘いものに目が無い天魔の個人的な圧力により誕生した券なのは極秘である。

「ちょうど二枚あるし、はたてちゃんも一緒に行ってくれるならあげちゃおっかなぁ」
「本当ですか!?」
(くっ、やられた)

喜ぶはたてを盾にして断りづらい状況を作り出された。

「渡したらすぐ帰りますからね?」
「契約成立ね」

小包と駄賃である券を受取り、二人は学園の方角へと向かった。










夕刻。
学び舎の書庫。
眼鏡を掛けた白狼天狗の少女が、大きな本棚により掛かり読書に勤しんでいた。
そんな彼女に近づく二つの影。

「やはりここでしたか姉者」
「そろそろ帰りましょう。今宵は主(ぬし)様と夕食のお約束があるのをお忘れか? 御忙しい中、わざわざ時間を割いてくれたのだ、一秒でも遅れれば切腹ものぞ」
「忘れるわけないだろう」

眼鏡の少女は本を閉じると元の位置に戻した。

「本当に姉者は読書が好きだな。倭ぁには理解できん」
「倭ぁもです。そんな近くのモノばかり見ておったら、ただでさえ悪ぅ目がもっと悪ぅなってしまいますぞ?」
「主様は仰っておった。『これからの時代は腕っ節よりも、頭の良い白狼天狗の方が重宝される』と。お前達も素振りやクナイ投げばかりしてないで、少しは本を読め」
「「そういうものですか?」」

自らを『倭』と呼んだ二人の少女は双子だった。言葉と挙動が綺麗に重なる。

「よし、それじゃあ帰る……ぞ?」

眼鏡の少女は換気で開けていた窓を閉じようとした時、あるものが目に止まった。

「あれは…」
「どうした姉者?」
「野良犬でも入ってきたのですか?」
「もっと凄いのが入ってきた」







椛とはたては学園の敷地に足を踏み入れていた。

「事務室はどこでしょうか?」
「守衛さんにちゃんと聞いておけば良かったね」

教員達が詰めている場所がわからず学内をうろついていた。

「これじゃあ完全に不審者だ」
「そうだね。あ、そだ。これに地図とか載ってるかも」

はたてはが現在地を確認しようと、大天狗から貰ったパンフレットを開こうとした時。

「下がって!!」
「わっ」

椛がはたての体を強く押した。
直後、木刀の先が椛の額を掠めた。
白狼天狗の少女が屋根から飛び降りながら振るってきたのだ。

「せやっ!!」

着地と同時に二撃目の太刀を振るう。

「おっと」

脛を狙ったを下段の太刀を、椛は一歯下駄の底で事もなげに受け止めた。

「あの。ちょっと待ってください、別に怪しい者では…」

木刀の先を掴み、落ち着いた口調で事情の説明を試みる椛。

「今だやれ!」
「応っ!」

少女が叫ぶと窓が突然開き、両手にクナイを持った少女が姿を見せる。
木刀を振る少女と、クナイの少女はまったく同じ顔立ちだったため、椛はわずかばかり驚いた。

「そりゃぁ!」

両手のクナイを同時に投げる。玩具ではない、鋼材製で鋭利な先端を持つ、正真正銘の凶器である。
椛は目の前の少女から木刀を奪い、一振りで二本のクナイを払い落とした。

「動かないでください」

双子を睨みつける椛。その眼光に気圧されたのか、二人はあっと息を呑み、体が硬直した。

「そこの貴女もです」

双子に視線を送ってから素早く背後に木刀を向けた。向けた先には短刀を手にした眼鏡の少女がいた。

(この学園は、この年の子にこんな戦術を教えているのか?)

木刀もクナイも囮。二人が騒ぐその背後で、本命である彼女が静かに標的に近づき仕留める。
集団で一人を狙うときに有効な戦術なのだが、年端もいかぬ子達が実践したのを見るのは初めてだった。

(すごい。一瞬で制圧しちゃった)

はたては、完璧な連携をあっさりと返り討ちにした椛の姿に、呼吸も忘れて見惚れていた。

(私もいつか、あんな風に…)
「はたてさんからも言ってください。我々が不審者でないと」
「あ、う、うん。そうだね」

椛の言葉で現実に引き戻された。

「別に手前共を不審者とは思っておらん。お前、犬走椛で相違ないな?」
「なぜ私のことを?」
「やはりそうだったか」
「姉者はすごいなぁ。ずっと前に写真で一度見ただけなのに覚えてるとは」
「記憶力には自信がある」

胸を張る眼鏡の少女。

「あの、それと私に仕掛けてきたことに何の関係が?」

三人の中で、眼鏡の少女が長女らしかったので、椛は彼女に事情を尋ねることにした。

「主(ぬし)様がな、お前を見つけたら『挑み、一本取ってみよ』とずっと前に仰っておった」
「主様とはどなたですか?」
「それは言えん」

そう言うと、背後にいる双子は同じタイミングで両手を口に当てて横に首を振った。

「なぜ私を標的に?」
「それはわからん。主様は聡明な方だ。きっと深い事情があるに違いない。そして我々も腕試しとして挑んでみたいと前々から思っておった」
「腕試し?」
「訓練生の頃から数々の偉業と伝説を残した白狼天狗。どれほどの腕前か見てみたいと思っておった」
「伝説って何?」

気になったはたてが訊いた。

「一緒にいるのに知らぬのか鴉天狗殿?」
「うん」
「どれも常軌を逸しておる。有名なのを挙げると…」
「真に受けたら駄目ですよはたてさん。尾ひれがついただけですから。実際は大した事ありません」

呆れ、謙遜する椛を余所に眼鏡の少女が挙げ連ねる。

「地獄の樹海演習で唯一、最終日まで音を上げなかったどころか、晴耕雨読な快適樹海ライフを満喫していたそうだ」
「そういえばやりましたね樹海演習」

「因縁をつけてきた番長グループを返り討ちにして、三十人川に流したそうだ」
「流したのはせいぜい番長とその取巻き四、五人ですよ。あとは勝手に飛び込んだんです」

「訓練中に乱入してきた暴れヒグマを一撃で沈めたそうだ」
「あんな化物殴って倒せるわけないじゃないですか。後ろから組み付いて裸締めで絞め落としただけです」

「初代河童組の組長を半殺しにして、彼らが仕切る川で唯一ガチンコ漁するのを許された存在だと」
「半殺しになんてしてません。相撲で負かしただけです。開始直後の跳び膝蹴りで」


「十分すごい気がするよ椛?」
「そうですか?」




その後、ここへ来た理由を話し、事務室まで案内してもらえることになった。

「あそこが教員達の詰所だ」
「道場の中にあったんですね」
「盲点だったね。校舎側をずっと探してたから」

事務室に入るべく道場に上がった。

「お願いだからカタログだけでも置かせてよ」
「生憎。ウチはそういうのは結構ですので」

先客がいたらしく、事務所の前で女性職員の応対する声が聞こえた。

「申し訳ありませんが、どうか御引取りを」
「ちぇー」

肩を落としながら河城にとりは道場の玄関まで戻ってきた。

「何やってるんですかにとり?」
「え? あ、椛じゃん。どうしたのこんな所で?」
「私達は届け物を。そちらは何か営業をしていたようですが?」
「子供達の練習の効率が上がりそうな発明が色々あるから買ってくれないかな~と思って」

にとりの背後には大中小、様々な大きさの箱がいくつも置かれていた。
一番大きな箱を見たはたてが尋ねる。

「これの中身ってひょっとして地下工房に設置されている」
「うん。ヒグマロボだよ。改良に改良を重ねた自信作だよ」

自慢したいのか、一つ棺に近づき『起動』と書かれているスイッチを押した。
棺が自立するとひとりでに扉が開き、中からヒグマの姿をしたロボットが姿を現した。
ロボットは剥製か作り物なのかはわからないが、本物の熊と相違無い姿をしていた。

「過去の敗北から色々と学んだからね。これまでとは段違いだよ?」

ヒグマロボが周囲を見渡す。椛の姿を見つけると、二足立ちになり爪を剥き出しにした。

「私に向かってにじり寄って来てるんですが?」
「おかしいな。こんな動作はプログラミングして…」

突然、前足で床を強く叩き跳躍、椛に急接近して鉤爪を振るってきた。

「なんですかいきなり?」

半歩引き、事も無げに回避する。

「あ、しまった。拠点防衛モードのままにしてあるから、ロボに『要注意侵入者』として登録されてる椛を排除しようとしているんだ」
「なるほど。そういうワケですか」

納得していると、先刻と同じ動作で跳躍し鉤爪で椛を狙う。

「遅い」

あっさりと避けて、顔面を思い切り蹴飛ばす。
首が根元から不自然な方向に曲がった。それでヒグマロボの動きが停止した。

「犬走様はおっかないなぁ姉者」
「蹴ったとき、爆発のような音がしましたぞ」
「うむ。あの巨体に一歩も退かぬとは」

姉妹は椛の動きに羨望の眼差しを向けていた。

「さあにとり、早く箱に戻し…」

話しの途中、膝を起点にして直角に、生物学的に有り得ない動作で起き上がった。
体をガクガクと震わせながら椛に接近する。

「完全に壊したと思ったんですけどね」
「自動修復機能として、ナノマシンとES細胞を移植してみたんだ。効果覿面だねこりゃ」
「偶に貴女が河童より恐ろしい何かに思える時があります」

ヒグマロボが前足を浮かせて立ち上がった。
この動作は別段驚くことではないが、この後の行動に椛は言葉を失った。

「なっ…」

ヒグマロボが構えた。まるで武術家のような、野生のヒグマが到底取らない姿勢を。

「あの構えは截拳道(ジークンドー)!?」

長女が驚きの声を上げる。

「「知っているのか姉者!?」」
「外の世界の人間が使う拳法の一つだ。急所攻撃を容認し、効率良く相手を倒す技を良しとする、実戦をどこまでも重視した流派だ。学園の書庫にあった」

流石は姉者だ、と双子は姉のわかりやすい解説に拍手する。

「あちゃー。子供たちの良い練習相手になるよう、外の世界の武術は一通りインプットしたのが仇になっちゃたかぁ」
「なんて面倒な事を」

直後、ヒグマロボが動く。ヒグマとは思えぬ俊敏な動きで蹴り4発、鉄拳6発を一瞬の間に繰り出した。

(早すぎてほとんど見えなかった)

持ち前の直勘と動体視力でなんとか捌けたものの、両腕と全身の関節の痺れが尋常ではなかった。

「『開始五秒以内に決着』がジークンドーの理想的とする所。故に手数の多さと、鋭い突きがこの武術の真骨頂だ」
「へー」

「暢気に観戦してないで加勢してくださいよ!」

ヒグマロボが椛に向けストレートリードと呼ばれる最短軌道を描き放たれる拳を撃つ。

「こんのっ!」

椛はそれに合わせる形で、拳を潜って回避しつつ、回し蹴りを打ち込んだ。
体重の乗った椛の踵がヒグマロボの膝にめり込み、姿勢を崩す。
よろける一瞬の隙を見逃さず、膝部分に執拗に蹴りを叩き込む。
鍛えられた重い蹴りを何度も受け、ヒグマロボはとうとう片膝をついた。

「どっらぁ!!」

ヒグマロボの胸倉を掴んで引き寄せ頭突きを入れてから顎への掌底、そこから脇腹への鉤突き、側頭部への肘打ち、顔面と股間への諸手突き、首への手刀、鳩尾への貫手、と流れるように連打を打ち込む。

「はあああああ!!」

裏拳、裏打ち、鉄槌、肘打ち、手刀、肘振り上げ、と休むことなく更に打ち続ける。
技と技の間に一切の隙がなく、攻めの手はまだ止まらない。

「あの動き。まさか“煉獄”か!?」
「「知っているのか姉者!?」」
「初手が決まれば、それ以降の技は必ずヒットするという魔法みたいな連続技だ。まさか使い手がいたとは」
「それより椛がどうして使えるのかが気になるんだけど」

恐らく相手の姿勢に合わせた最善手を選んだ結果、自然とその型になっているようだった。
結局、三百発以上殴られ、酷い有様になってからヒグマロボは解放された。

「にとり。また再生する前に桶に戻してください」
「うん、すぐに」

その時、にとりが持ってきていた箱の一つが爆発した。

「なんだ!?」

上がる煙の中で、蠢くシルエット。

「馬鹿な!? あれはネオヒグマロボ!? あまりに危険性故に封印したはず!!」

驚愕するにとりと、

(じゃあなんで持ってきたんだろう?)

至極まっとうな突っ込みを入れる面々。

「にとり、あれは一体?」
「魔改造を施して強くなったものの制御しきれず、危険と判断して封印したロボなんだ。きっと兄弟機のピンチに反応して起動したんだ」

煙が晴れ、ネオヒグマロボと呼ばれた機械の全貌が明らかになる。

「前足を伸ばしてリーチの差を克服。弱点だった腹筋と胸襟を増強。耳は掴まれることを考慮して機内組込みに。精密な動作をモノにするために骨格を人間寄りに。それがネオヒグマロボさ!!」

それはヒグマとはあまりにもかけ離れた姿をしていた。

「というか…」

はたては知っていた。その姿をした動物の名を。

「これゴリラだ!!」

にとりがネオヒグマロボと呼んだそれは、紛う事なきゴリラの姿をしていた。

「にとり、あれゴリラだよね!?」
「ゴリラって何?」
「ゴリラ知らないで作ったの!? ある意味すごいよ!」

ネオヒグマロボは道場を壁沿いにグルグルと移動し始めた。

「見たことない種類のヒグマですね」
「なんで椛も知らないの!? あれ霊長類! なんでヒグマに見えるの!?」
「霊長類って、ボノボやオラウータン、シファカの事でしょう? あれは違いますよ」
「なんでそんなマニアックなところ知っててゴリラ知らないの!? ワザと!? ワザとなの!?」

最後の希望である眼鏡の少女を見る。
博識な彼女なら知っているハズと、大きな期待を寄せた。

「ヒグマではないのですか? 四速歩行だが?」
「ナックルウォーク!!」

ネオヒグマロボは壁に掛かる竹刀取り、興味深そうに眺めだした。

「ほら見て椛! 物を掴んでるでしょ!? 指が無いヒグマじゃ無理でしょ!?」
「大体わかりました」
「ほっ」
「独自の進化を遂げたヒグマというわけですね」
「駄目だこりゃ」

持っていた竹刀をへし折ると、床に投げ捨てて、胸を激しく叩いた。

「良いドラミングです。なるほど、今までのヒグマロボとは格が違うようですね」
「今ドラミングって言ったよね!? ゴリラ知らないとまず出てこないワードだよね!? てか何!? 皆の中じゃゴリラはヒグマの亜種なの!?」

結局、ネオヒグマロボも椛の鉄拳の前に沈み、事なきを得た。
















「にとりの発明品で戦い方を学ぶのは賛成しかねます」
「うーん、しょうがないかぁ」
「あの、河童殿」

諦めて肩を落とすにとりに双子が話しかける。

「あれだけの強さなら、門番として使って貰ったらいかがでしょうか?」
「それだ! ナイスだよそれ! 守衛さーん!! ちょっと見せたいものがー!」

喜び勇んでにとりは正門の方へと駆けて行った。
その後、お試しで一ヶ月置いてもらい、良ければ採用するという約束を取り付けるのだが、それはまた別の話。



「私達も小包渡して帰りましょうか」
「そうだね」
「もし…」
「 ? 」

姉妹の長女が椛達のもとへやって来た。

「犬走殿はどこの道場で今の戦い方を学ばれた? 師は誰でありますか?」
「私は我流です。師と呼べる方はいません」

昔、勧められ入門した道場があったが、見た目に拘って実用性の低い技ばかり扱っていたためすぐに止めた。

「それは残念だ」
「残念?」
「貴女の後に続きたいというのが我々の願い。どんな任務も忠実にこなし、生き延びる強い白狼天狗になるのが…」
「それはやめたほうがいいです」

彼女と同じ目線になる、優しい口調で言った。

「その道には何もありません。最後には自分の足跡すら残りません」
「しかし、それでも我々は・・・」
「あっ! そうだ姉者! そろそろ行かねば主様との約束に遅れるぞ」
「まずいぞ姉者! 走るぞ!」

約束を思い出した双子は姉の肩を掴む。

「それではいずれ、オイ馬鹿、引張るな!」

走っていく姉妹を見送り、大天狗から預かった小包を事務局に渡した後、椛達は学園を出た。












帰り、大天狗から貰った券を使うために甘味処へ立ち寄る。

「あの子、椛のことすごい尊敬してたね」
「そうでしたか?」
「本当に、ここの先生になる気はないの?」

はたては椛の教官入りに賛成だった。

「こんな良い話滅多に無いと思うし。お給料もすごく良いんじゃない?」
「確かに、大天狗様からのお話にしてはこれまでに無い破格の内容です」
「それなら受けるべきだよ」

教官など、なりたいと思ってもそうそうなれる職業ではない。
実力と人格の両方が認められ、十分に信頼に足る人物でなければならない。
これ以上に無い誉なのではないかと、はたては感じた。

「私はなるつもりはありません」
「なんで?」
「教員というのは聖職者と言うらしいです。昔、色々とやらかした私みたいなのがなって良い職業だとは」
「関係ないよそんなの」
「それに私は山に嫌われています。そんな奴が子供の前で何かを語る資格なんてありません」
「嫌われてる?」
「因果応報という奴です。はたてさんとは無縁の話です。お気になさらず」

強引に話題を打ち切ろうとする椛。

(まただ)

かつて隊長昇格試験の勉強を見た時も、自身の出世に対して消極的だったのを思い出す。

「どうして?」
「?」
「どうしてそうやって…」

幸せから遠ざかろうとしてるのか。
いつだってはたての目には、椛がそうしているように見えた。

「そんなんじゃ、椛がいつまで経っても報われない」
「良いんです私は。はたてさん、文さん、にとり、隊員達がいてくれる今の生活が気に入ってますし。これ以上望んでは分不相応です」
(そんなわけない)

組織の面子のために一族郎党を殺され、汚れ仕事ばかりを押し付けられ、大切に守ってきた場所すらも守矢神社に奪われた。

(誰よりも辛い思いをして、その見返りが『今』なの?)

今以上の幸せを望むことを、彼女は分不相応だと言った。
同意などできるわけなかった。

(でも、だからといって)

はたて個人の力でどうにか出来るモノでは決してない。

(私は無力だ。あの頃と何一つ変わってない)

自分が射命丸文ならここで気の利いた台詞の一つでも言って椛のその言葉をやんわりと否定できたのだろう。
自分が天魔や大天狗のような地位なら、彼女の頑張りに見合う褒賞を用意できたのだろう。

(今の私じゃ、椛に何もしてあげられない)

知識も経験も、力も地位も権力も無い自分がひどく惨めに思えた。

(私にもっと、力があれば)

何かが変えられると、そんな漠然とした考えが頭を過ぎった。

「しかし将来、あんな人材が増えると思うと、楽しみです」
「う、うん。そうだね」

今考えていたネガティブな感情を心の奥へ押し込んで、はたては強引に笑った。

「あの子達、また会えるかな?」
「何年かしたら哨戒部隊に配属されるでしょう」
「なら大天狗様に言って、椛の隊に入るよう根回ししておかないと」
「良いですね。あの姉妹は見込みがありますから」


近日中に、史上最悪の形で姉妹と再会することを椛はまだ知らない。
今はただ、杏仁豆腐に舌鼓を打ちつつ、彼女らの将来の姿についてあれこれ語り合うのだった。



【 episode.3 大人の義務と子供の特権 】




大天狗の屋敷。
大天狗と椛のいつも通り過ぎるやり取りがこの日も交わされていた。

「ハイッ、天狗社会は未曾有の経済難です!」
「それは大天狗様に限っての話でしょう。今年の予算は去年より一割増だと通達されたばかりじゃないですか?」
「私が小遣い不足なのよ? 天狗社会が潤ってるワケないじゃない」
「無駄遣いしすぎて、従者さんに財布の紐を握られただけでしょうが」
「私に入ってくる給料がもっとあればこんな事にはならなかったの! だから増税します! 増税! ついでにカップル税も導入します!」
「まだ諦めてなかったんですかその法案? 何回天魔様に破り捨てられたかお忘れですか?」
「失敗は成功のシングルマザーよ。今度は『別れたカップルには還付金を支払う』という条文を書き足す。これで巷にはフリーの男がわんさか」
「ちょっと何言ってるか、わからないですね」

結果は目に見えていた。

「そんな意味不明な制度に心血注ぐなら、哨戒部隊の携帯武器の規制緩和をですね…」
「なにサラっと恐ろしいこと言ってるのよ」

渋い顔をする大天狗。

「携帯武器の規制は緩めちゃだめでしょ?」
「自分の命が掛かってるんだから何持ってても良いじゃないですか?」

任務中に携帯が許されている武器の種類が少なすぎると椛は常々思っていた。

「風紀ってものがあるの。皆が思い思いの武器持ち寄ってみなさい。山賊にしか見えないわよ?」
「私等なんて山賊みたいなモンでしょうが」
「何言ってるのよちょっと。そもそも隊長格には特権として『審査が通った武器・防具に関しては所持を許可する』ってのがあるじゃない」
「その審査が通らないんじゃないですか。何度も申請してるのに一度も許可が下りません」
「そりゃカギ爪とか南蛮篭手とか、万力分銅とか、あげく刃物仕込みの下駄って、誰暗殺する気よ」
「ろくに扱えもしない焼肉鉄板みたいな馬鹿デカイ剣担いでる隊長が何人もいるのに、袖に隠せる武器が駄目ってのが納得いきません」
「だから風紀の問題なの。ああいうデカい剣っていうのは外部に対して威圧感とか威厳を示せるから良いの。あれ担ぎたくて隊長目指すやつだっているくらいだし」
「そういうもんですか?」
「モミちゃんの言いたいこともわかるわよ。『効率』と『実用性』に拘るのも。でもね、多少の効率より体裁を重んじるのが組織ってモノなのよ」
「下っ端の私には一生理解できない価値観ですね」

そろそろ退室しようと立ち上がる。

「そういえばモミちゃん、はたてちゃんの好物知ってる?」
「なぜそのようなことを?」
「この前、自称保守派の連中との小競り合いに巻き込んじゃったお詫び、実はまだしてなくて」
「あれ? まだ何もしてなかったんですか?」
「ちょっとあの後面倒事が続いてねぇ、すっかり後回しにしちゃってたのよ」

ようやく公務のゴタゴタも治まり、彼女を食事にでも招待しようと考えていた。

「辛口のお酒は苦手ですから。甘い、果実を使ったお酒を用意してあげてください。あと、脂っ濃い物はあまり口にしません」
「今の若い子ってそういうのが好きみたいね。私も甘い酒飲んで若さをアピールすべきかしら?」
「大天狗様が普段のペースで果実酒飲んだら三日で糖尿病ですよ」









天魔の屋敷。

「次、お願いします」

屋敷の中の道場。
はたては肩で息をしながら薙刀を手にした女中と対峙していた。

「今日はもう、このくらいにしません?」

鍛錬に付き合う女中は、はたての疲労具合を見て、切り上げることを提案する。

「もうちょっとだけ」
「かなりお辛そうに見えますが?」
「平気ですから」
「そこまで仰るなら…」
「今日はもうココまでじゃ」

背丈がはたての半分程度しかない女児が、まるで煙のように突然二人の間に現れた。

「天魔様」

彼女こそが、天狗社会の統括者にして最強の天狗。天魔だった。

「鍛錬はもう終わりにせよ」
「でも、天魔様」
「儂の言う事が聞けんのか?」
「あっ…」

その可愛らしい見た目のどこに押し込めれていたのか、尋常ではない威圧感がはたての心臓を鷲づかみにする。

「女中よ。しばらくしたら出かける故、支度をしてくれんか?」
「はい。ただいま」
「ゆっくりで良い。お前も疲れておるじゃろう」

女中を退室させて、はたてを見る。

「天魔様、その、すみませんでした」
「良い。向上心があるのは結構じゃが、方向性を間違えるな」
「はい」
「最近、熱心だと聞いたがどうした? 誰かにコテンパンにされたか?」
「そういうわけでは」
「では何故そうも焦っておる?」
「…」

椛の為、などと身の程知らずな事を言えるわけがなかった。

「言いたく無いならそれで構わん。そもそも力を欲するのに理由などいらんからな」

ずいっとはたてとの距離を詰める。

「はたてよ。強くなりたいか?」
「はい」

天魔の目を真っ直ぐに見て答えた。

「ならばしばらくの間、お前との鍛錬を休止する」
「へ?」

予想していなかった回答に困惑する。

「どうしてですか?」
「お前は今、『強くなりたい』という焦りの他に、以前のような上達を見せない己に対して憤りを感じておる。違うか?」
「…」

図星だった。
天魔の言う通り、ここ最近のはたては伸び悩んでいた。
少し前までは、体捌きや妖力の制御等、練習すればするほど身についた。
しかし今はいくら鍛錬を積んでも強くなっていく実感がなかった。

「お前からは強い焦燥感がにじみ出ておる。そんな危うい精神状態の者に、施しをするつもりはない」
「でもここで鍛錬を止めたら余計に上達が…」
「今は一種のスランプと呼ばれる状態じゃ。そういう時は体を休め、気分転換するに限る。よいな?」
「…」
「どうした?」

不安そうな顔のはたてを案じて尋ねる。

「才能がある人ならそうかもしれません。でも、今が私の限界のような気がして。不安でたまらないんです」
「お前の一番の欠点は、一度躓くと立ち直るのに時間が掛かる事だ。成長したくばその心配性な性格を改善するところから始めよ」

その壁を破ればはたては更に強くなる。
その確信が天魔にはあった。

「今回の休止は新聞作りに専念できる良い機会だと考えろ。わかったな?」
「そうさせてもらいます」
「良し。ところではたてよ」
「はい?」
「さっそく気分転換に、少し付き合わんか?」

天魔からの外出の誘いに、はたては頷いた。







山のとある場所。

「良いんですか? 私までおじいさんの蔵に入ちゃって?」
「構わん。どうせガラクタばかりじゃ」

天魔とはたては、埃の舞う広い蔵の中にいた。
この蔵は、かつて誤認で椛の一族郎党を粛清した過去を持つ老天狗の遺産だった。
蔵の中には薄汚れた調度品、用途の分からぬ河童製のカラクリ、中身のわからない多数の桐箱が所狭しと並んでいる。

「大天狗殿が『勝手に処分して』などど無責任なことを仰ってな」
「これ全部、本当に相続放棄しちゃったんですか?」

遺産は生前世話になった天狗社会の幹部に譲ると遺言にあり、蔵の中身は大天狗に譲られたのだが、彼女はそれを断った。
蔵の中身は手付かずのまま長らく放置され、そして先日、天魔が引き取るという形で決着がついた。
そして今日、蔵の中を見に来た。

「結構な量ですね」
「これを全部運ぶとなると人手がかかるな」

少し歩き二人は奥の壁に到着した。

「まだ全部じっくり見とらんから何とも言えんが、値打ち物はそんなになさそうじゃな」

宝探しのような展開を期待していたはたては、その言葉に若干落胆した。

「天魔様ー、少しよろしいですかー?」

蔵の外から女中の呼ぶ声がした。

「儂は外すが、お前はまだ色々と見ておってかまわんぞ。ガラクタといっても珍しい物が揃っておる。何か面白い物が見つかるかもしれん」

そう告げて天魔ははたてを残して外へ出た。
その言葉に甘え、探索を開始した。

(これ宝石かな? それともただのガラス?)

適当に流し見をしながら歩く。

(お、なんだろこの箱)

黒い漆塗りの箱だった。紫色の紐が結ばれている。周りの他の箱よりも高級感が漂っていたため自然と目に付いた。
気になって紐を解く。

(玉手箱とかじゃないよね?)

一瞬、そんな不安を感じつつ、好奇心に任せて蓋を開けた。

「なんだ…」

中には紙切れが数枚入っていた。
どんな珍しい物が出てくるか期待していたはたては、またしても肩透かしを食らった。

(でも、もしかしたらすごい機密文書だったりして)

筆で書かれるその文面に目を通す。しかし、それも裏切られた。

「ただの名簿か」

苗字からして白狼天狗のものだろう。名前と一緒に生まれた日、住んでいた場所等が記載されている。どうやら戸籍票のようだった。
他に何か書かれていないかと、紙の束をめくるはたて。
途中、ある名前が目に飛び込んできて、手が止まった。

「…嘘」

この紙は間違いなく、はたてが想像した機密文書だった。

「これって」

犬走“椛”と名乗る前、犬走***の名がそこに書かれていた。














鴉天狗が多く暮らす集落の喫茶店で、はたては文に事の顛末を説明した。

「それで、天魔様の目を盗んで持ってきたのですか?」
「うん」
「度胸ありますね貴女」

文ははたてから戸籍票を受取り、改める。

「当時の椛さんの年齢と、あの惨事があった時期を照らし合わせると、矛盾はほとんどないですね」
「じゃあやっぱりこれ」
「白狼天狗の戸籍登録は割りと後になってから普及しましたが、この地域は他よりも早い時期に住人の登録が行われていたみたいですね」
「椛を守るためにやったのかな? 生き残りがいたって分かれば探されるだろうし」

椛以外を皆殺しにした後、謀叛の知らせが誤認だったとわかった彼は当然この戸籍票を見ただろう。
討ち取った人数と戸籍に載っている人数を調べれば生き残りがいるかどうかすぐわかる。
その時わかったハズだ、幼い少女がまだ一人見つかっていないことに。

「椛のために戸籍をあそこに封印したのかも」

もし、生き残りがいると上層部に知られれば、山狩りでもなんでもして椛を見つけ、謀叛を企てた一家の娘として処罰することになっただろう。

「そう思いたいですが、今となってはもうわかりません」
「勢いで持ってきちゃったけど、どうしようこの紙」
「それははたて、貴女が考えなさい」

助言を期待していたはたてにとって、その言葉は少しショックだった。

「別に突き放しているワケじゃありませんよ。これを見つけたのは貴女の手柄です。これをどう使うかは貴女が決めるべきです」
「自分でもどう扱って良いか分からないから訊いてるのに」
「私が『椛さんに渡せ』と言えば渡しますか?」
「文がそういうんなら、きっと」
「椛さんはあの方を深く深く憎んでいました。あの方へ復讐するという執念だけで生涯の半分以上を過ごしました。そんな椛さんに『貴女が生きてるのはあの人のお陰かもしれませんよ?』と言って戸籍票を渡すつもりですか?」
「それは…」

はたてが言い淀む。

「あの御方の名誉の為に、『あの人はずっと椛に償いをしたかった』と事実かどうかもわからない報告をしますか?」
「…」
「それとも、椛さんを混乱させないために、こっそりこの紙を燃やしてしまいますか?」
「…」
「あるいは、国民の知る権利を守る正義のジャーナリストとして、何の脚色も歪曲もせずただ黙ってこの紙を渡しますか?」
「…」
「さあはたて。お望み通り選択肢を提示してあげましたよ? 好きなモノを選びなさい」
「わかんないよそんなの」

ぐったりと項垂れてしまった。
その姿を見て、文は自分が少々やり過ぎてしまったことを自覚した。

「ああ、ごめんなさい。別に貴女を追い詰めようと、困らせようと思って言ったわけじゃありません」

文は彼女の髪をクシャクシャと撫でた。

「そろそろ貴女も自身の言動と行動に責任を持っても良い時期です」
「責任?」
「本当の意味で独り立ちする頃合だということです。いつまでも周囲は貴女を子供扱いしてはくれませんよ」
(子供、かぁ)

子供という言葉が、なぜか心に引っ掛かった。

「そういうワケではたて。その紙をどうするか、貴女の考えに委ねます。私はそれを見守ることにします」
「…」
「では私はこれで、アポイントを取っている場所があるので」

踵を返しこの場を去ろうとする。

「ずっと考えてきた」

去り際の文の背にそう投げかけた。

「私なりに、どうしたら椛が報われるかずっと考えてた。でも考えれば考えるほど、今の私じゃ何も出来ないって思い知らされた」
「はたて」

去ろうとしていた文だが、浮いていた足を地に着け、俯くはたてのもとまで歩き、しゃがむ。

「仮に、本当に仮の話として、将来貴女が偉くなり天魔様のような地位に就いたとしましょう」
「うん」
「持てる権限を総動員して、椛さんを山の功労者と賞賛し、みんなの前で表彰し、莫大な報奨金と豪邸を与えれば、椛さんは報われますか? これまでの受難苦難を帳消しに出来る喜びを与えられますか?」
「それは、違うと思う」

椛を救うという意味では間違っていないが、正解ではない気がした。

「答えは必ずあると信じています。探して歩き続ければ、いつか辿り着けるはずです。だからかつての私のように、答えを焦り早合点だけはしないでください。碌な結果になりませんから」

自分の命と引換えに文は椛の恨みを解きほぐそうとした、その事を言っているのだとはたてはわかった。

「存分に考えなさい。考えた分だけ、ゴールに近づけます。時間をかけてゆっくり探していけば良いんです」

そう言って、今度こそ文は飛び去った。

「焦っちゃだめ、か」

未だ光明は見えない。しかし、少しだけ気持ちは楽になった。

「とにかく、まずは強くならないと……ん? 誰のだろうこのカラス? 手紙、私に?」

そんな時だった。大天狗からの招待状を預かったカラスが飛んできたのは。
そこに記された日時は、二日後の夕刻だった。
















守矢神社。
山道と鳥居を繋ぐ石段の上に二柱は腰をおろしていた。

「私は反対だ」
「聞き分けなさい諏訪子。私達に日取りを選んでいる余裕はない。明日を逃せば機会はずっと先になる」

博麗神社、命蓮寺、道教、その他の有象無象。信仰を得るための争いが日に日に激化する中、時間を無駄に出来ないと神奈子は諭す。

「それなら早苗も連れて行くべきだ」
「旧灼熱地獄に早苗を? それこそ早苗を殺すことになる」

ヤタガラスの力を与えた地獄鳥の最終調整。
それが二人が地底に赴く目的だった。
そのために地底の最深部まで行く必要があった。

「少し離れた所に待機させてれば良い」
「あの子の好奇心の強さを知ってるでしょう? 勝手に出歩いて誰かと接触したら面倒になる。地底における私達の評判は極低よ。ここの元支配者だった鬼も大勢いる」
「だからって、山に留守番させるのか? 保守派がこの隙を見逃すと思うか?」

無防備と分かれば即座に牙を剥くことを諏訪子は懸念していた。

「一日二日の辛抱よ。奴等が私達の不在に勘付く前に戻ってくれば良い。それに早苗の奇跡の力を信じなさい」
「また、早苗の命を的にしてよからぬ事を企んでないだろうな?」

早苗の扱いで何度も二人は衝突していた。
早苗の件で二人が和解した事は一度も無い。

「白状するわ諏訪子。私は早苗に万が一があったら、間違いなく同情するでしょうけど、余所で代わりを探せば済む話だと割り切っている」
「んなこったろうと思ったよクズ神が。お前が早苗を消耗品としてしか見てないことくらいとっくに気付いてたよ」
「しかし今は、幻想郷中の信仰を得るための戦いで最も重要な時期。もし今早苗に万が一があって、新しい風祝を用意し終えた頃には、我々が獲得できる信仰は残っていないでしょうね」
「だから早苗を危険に晒したくないのが本心だって?」
「そうよ。わかってくれるかしら?」
「良いだろう、その話。お前が信者を前で語るモノよりもよっぽど説得力がある」

神奈子は諏訪子にあまり知られたくない本心をあえて語ることで、信頼を得ることに成功した。

「しくじれば私達全員が等しくリスクを負う。一蓮托生よ」
「わかったよ神奈子。ここからは身内同士での腹の探り合いは無しだ」

二人は拳を合わせる。

「ただし、早苗をよ…」
「早苗を嫁入りできない体にしてしまったら、私のことは好きにしてくれて構わない」

言葉を先取りされてキョトンとする諏訪子。

「耳にタコが出来るくらい聞かされたんだ。いい加減覚えたわ」












守矢の二柱が結束を固めた頃、文ははたてに言った。『アポイントを取っている場所』に到着していた。

二人の鼻高天狗に両脇を固められ、山の片隅に存在する廃寺に通された。

「連れて参りました主」

広い講堂に一人の女性が正座していた。
身に着けている薄い藍色の着物に銀の髪飾りが、清楚な雰囲気を持つ彼女に良く似合う。

「ご苦労様。下がって構いません」
「しかしこの者と二人きりというのは…」
「構いません。下がりなさい」
「はっ」

文を残して、彼女の側近と思わしき二人は去っていった。

「そう硬くならず。どうぞ座ってください」

促され文は家主の正面に敷かれた座布団の上に正座する。

「まさかこの廃寺も保守派の拠点だったとは、気付きませんでした」
「ええ、近々こういう場所が必要でして、大急ぎで改修したんですよ」
(必要?)

文は部屋を見渡す。古ぼけた講堂だが、壁の所々から不自然に光沢のある金具が飛び出していた。

(あれはひょっとして…)

こういう構造の部屋には見覚えがあった。この部屋の正体に気付いた文は背中に嫌な汗が伝うのを感じた。

「好奇心は猫を殺すと言いますが。鴉も例外ではありませんよ?」

はっとして、正面の女性に視線を戻す。
彼女こそが、天狗社会に仇なす者すべてを積極的に排斥しようとする集団、俗に言う『保守派』の首領であった。
過激な思想を持つ連中を取りまとめる猛者である。一瞬たりとも気を抜くことは許されない。

「なぜ呼び出されたか理解してますよね?」
「さあ? 皆目見当もつきません」

ワザとらしく惚けてみせて、相手の様子を窺う。
これで相手が激昂するようなら全身全霊を持って逃げ出すつもりでいた。

「最近、我々の同行を探っているみたいですね?」

しかし帰ってきた反応は穏やかなものだった。

「ありゃ、バレてました?」

相手に合わせ自分も穏やかな表情を顔に貼り付ける。

「私達と接触するためにワザとバレるような嗅ぎ回り方をしていたのではなくて?」
「なんと。そこまでお見通しでしたか」

引き続き、相手の出方を窺う。
文は不本意ながら守矢神社と関係を持ってしまっている。もし相手がそれに気付いているなら、ここで間違いなく始末される。相手の挙動には細心の注意を払った。

「我々のことを調べてどうするんです?」
「いつも通り、新聞のネタですよ。『これが謎のベールに包まれる保守派の全貌だ』っていう見出しの記事なら、間違いなく今年の1位を狙えます」
「本当にそれだけですか? 大天狗様から我々を探るよう指示を受けたのでは?」
「そうだったら色々と支援が受けられて良かったんですが、生憎と今回は私用で……あの、なにか?」

急に近づいてきて、彼女は文の匂いを嗅ぎ始めた。

「貴女から大天狗様の匂いがするからてっきり大天狗様の使いかと。残念です」
(分かるんでしょうか?)

先日、集落の大通りで偶然でくわし、その際、昼飯をご馳走になったが、もう何度も風呂に入っている。
カマを掛けられているようにも思えたが、呼吸の荒さと瞳孔全開の目が、彼女のそれを演技だと思わせてくれなかった。

「我々の全貌を知りたいのでしたら、どうぞ好きなだけお調べください。質問にもできるだけお答えしましょう」
「本当ですか?」
「ただし、一つ条件が」
「条件? はて? それは一体?」

だいたいどんな要求が来るかは予想できたが、続きを促す。

「ここだけの話。上層部の幹部定例会で、次期幹部候補の一人に貴女の名前が挙がるようになりましたよ。そろそろどこの派に組するか決めておいた方がよろしいかと」
「私も保守派に加われと?」
「貴女の目聡さと、情報収集力、天狗個人としての能力は他の幹部より高く評価しているつもりです」
「新聞の内容に口出しされるのはちょっと」
「私のところに籍だけを置いて、あとは好き勝手してても構いませんよ? 貴女と敵対しないだけでも大きな利益です」
「この場でお返事したいところですが、一生を左右する事。ちゃんと考えてお返事します」
「ええ。良い返事を期待していますわ」

愛想笑いを浮かべて文は立ち上がる。
足早に去りたい衝動を必死に押さえつけて、身の潔白を示すようにゆったりとした足取りで廊下を進んだ。






門を潜りしばらく歩く、周囲に監視の目がない事を入念に確認してから立ち止まると大きく息を吐いた。

「はぁ。生きた心地がしませんでしたねぇ…それにしても」

振り返り廃寺を見る。

(あの講堂。改造されてましたね。座敷牢に)

文が先ほどまで居た場所は、捕らえた者を軟禁するための部屋だった。
何らかの操作をすれば窓や戸に鉄格子が降りるよう設計されていると文は看破した。

(一瞬、私を閉じ込めるためかと肝を冷やしましたが、どうやら違うようですね)

――― 近々こういう場所が必要でして、大急ぎで改修したんですよ。
という彼女の発言を思い出す。

(ここには注意を払った方が良さそうです)

使役している鴉でここの監視で最適な固体を考えながら、文はそこから離れた。









大天狗の屋敷。

「合鍵を渡した覚えはないけど?」

自室で寛ぐ八坂神奈子を見下ろす。
はたて宛ての招待状を持たせた鴉を送り出し、そのまま散歩に出かけて帰って来てみたら、入り込まれていた。

「この部屋、機密書類がわんさかあるから無断で入られると困るんだけど」
「通りで。さっきから箪笥も戸棚も箱も、厳重な封が施されてるわけね?」
「見た?」
「見ようと思ったが出来なかったわ。うちの風祝や博麗の巫女でもこの結界は手こずるでしょうね」

焼け焦げた手の平を大天狗に向けて悪びれることなく笑った。

「それで何の用? 合コンの誘い以外は事前に連絡入れてから来いって言わなかった?」
「ちょっとばかし火急でね。明日から、私と諏訪子が数日神社を開けることになる。それを伝えに来たの」
「早苗っちは?」
「神社を無人にするわけにはいかないからね。留守番してて貰うわ」
「それはオススメしないわね」

天狗の中には守矢を排除しようと画策する勢力がある。

「保守派の連中のことかしら?」
「それを分かっていながら一人残してくって何考えてんの? 獣の群れのド真ん中に生肉置いてくようなものよ?」

保守派は常に神奈子と諏訪子を監視している。
地底に向かったとなれば、少なく見積もっても半日は帰ってこられない。
その間に、保守派が何もしてこない保証は無い。

「だからこうして、連絡する間も惜しんでやってきたのさ。早苗の事を頼みたくてね」
「引き受けると思う?」
「別に護衛をつけろとも、部下に通達しろとも言わない。ただお前さん一人で構わない。気にかけてやって置いて欲しい」
「じゃあ傍観に徹しちゃうけど?」
「それでも構わない。けれど早苗に万が一があればそれが諍いの火種になる。そうなるのは天魔も望んではいないでしょう?」
「チッ」

悔しいが事実だった。身内である天狗が早苗に手を出したとなっては、天狗の立場が幻想郷の中において一気に危うくなる。

「そうだとしても、それが誰かにモノを頼む態度とは思えないわね。『お願いします大天狗様。何卒、お聞き受けください』くらい言って貰わないと。ちゃんと手をついて」
「お願いします大天狗様。何卒、お聞き受けください」

言われ、神奈子は即実行した。

「あらまぁ」

これには大天狗も面くらう。

「四六時中ふんぞり返ってばかりの奴だと思ってたけど」
「傲慢さは己に絶大な自信を与え力を増倍させるが、時にそれが仇となる。いい加減学習したさ」

慣れない姿勢で肩が凝ったのか大袈裟に肩を回しながら立ち上がる。

「あぁそうそう。ロープウェイの件。考えてくれたかしら?」
「架空索道のこと? 最近、色んな幹部がその話してたけど、やっぱりアンタの差し金?」
「通行料はちゃんと払うわ。悪い話ではないでしょう。それに電気の利便性を幻想郷中に大々的にアピールできる格好のアイテムになる」
「電気? あんたちょっと何しようって…」
「内緒よ。楽しみにしてると良いわ」

立てた人差し指を口に当て、神奈子は妖艶に嗤い、襖を開ける。
廊下に出た神奈子を追うべく大天狗も自室を出るが、神奈子の姿はどこにもなかった。


















翌日。
白狼天狗。哨戒部隊詰所前。

「えいやっ!!」
「とりゃぁ!!」

椛の部隊は全員外に出て剣の修練を行っていた。威勢の良い声があちらこちらから聞こえる。
実践を想定した試合をする者、素振りと腕立てを我武者羅に繰り返す者、組み手に精を出す者、と各々真剣に取り組んでいた。

「隊長! 私に稽古つけてください稽古!」
「お前が稽古したいなんて珍しいな?」

隊員達を見て回っていた椛に、少女がそう願い出た。彼女は哨戒よりも詰所内の事務仕事に重きを置いているため、珍しい申し出だと思った。

「あん畜生どもが『お前なんて目を瞑ってでも勝てる』なんてぬかすんですよ!」

彼女が指差した先、手加減無しでお互いの木刀をぶつけ合い鍛錬に励む、青年の白狼天狗達がいた。

「あながち間違ってないんじゃないか?」
「隊長まで!?」
「腕力の差が圧倒的だからなぁ」

ほぼ内勤の彼女が、最前線で戦う彼らに勝てるとは到底思えなかった。

「私だって伊達に白狼天狗やってません! これでも入門してた道場じゃ目録の腕前なんですよ!」
「そうなのか?」
「その目は信じてませんね! いいでしょう! 私の太刀、ご覧に入れます!」

こうしてなし崩しに鍛錬に付き合うことになった。

「てい! やぁ! ッハァ!!」

部下である女性隊員の振るう木刀。それを椛は最小限の動きでかわす。

「突っ込みすぎだ」
「きゃっ」

椛は彼女の懐に飛び込むと、肩を強く押して転倒させた。

「剣の大振りと蹴りで相手を牽制して距離を詰めるって、顔に似合わずチンピラみたいな戦い方するんだな」
「『猪突猛進』が私の流派の理念だったもので」
「腕前は認めるが、あいつらに勝つのは諦めた方が良い」
「そんな…」
「その悔しさを覚えていれば、いつかは勝てる」
「私は今勝ちたいんです!」
「無理なものは無理だ」
「なんか無いですか!? 必殺技とか!?」
「あるわけないだろ」
「体格が私とそう変わらないんですから、ガタイの良い相手向けの技とかあるでしょう!?」

椛が屈強な隊員たちを軽く捻るのを何度も見ている彼女は、それを教わりたかった。

「まぁ、あるにはあるが」
「お願いします! 教えてください! この通りです!」

土下座までされては教える他なかった。

「突きは得意か?」
「大得意です。空中のハエを打落としたことだってあります」
「ゆっくり実践するから、真似をしろ」
「はい!」
「相手が剣を振り下ろしてきたら、背伸びする猫みたいに姿勢を低くしつつ、限界まで腕を伸ばし、剣先を相手の指にこう『チョン』と押し付ける。これで八割がた勝ちだ」
「エゲツないですね」

「すんません隊長!!」

隊員の一人が血相を変えて走ってきた。

「どうした?」
「打ち合ってたら頭に良いのが入ったみたいで」

彼が向いた方向を見ると、手拭で頭に押さえる青年がいた。座り込む彼の足元には血痕がいくつもあった。
椛は負傷した彼のもとまで駆け寄り、傷の具合を確認する。

「またお前か?」
「面目ないです」

怪我をしたのは、いつも椛に剣の指南という名目で決闘を挑んでくる、剣豪を目指す青年であった。

「目は霞むか?」
「大丈夫です。多分、ちょっと切れてるだけだと思います」
「鍛錬に熱心なのは良いことだが、度を過ぎれば逆効果だぞ?」
「気をつけます」
「この傷は縫ってもらった方が良い。診療所まで歩けるか?」
「問題ありません」
「あ、私も付き添います」

椛達は近くの診療所へ向かった。





詰所から最も近い診療所。
診察の結果、額を切っただけで、脳には異常は無いとのことだった。
女性隊員に彼の付き添いを任せて、椛は診療所の外の木陰で待つことにした。

(相変わらずボロいなこの診療所は)

この診療所が妖怪の山で最も古いことを知っているのは椛を含めごく僅かだった。

(ここにはあまり、良い思い出がないな)

ここに来ると、過去の出来事が、嫌でも思い起こされた。



――――――――――――――――――――――――――――――――


月明かりもろくにない、不気味な薄暗さが山全体を覆っていた。

「医者はいますか!!」

深夜。息を切らせて椛は診療所へ飛び込んだ。
診察の時間は終わっていたが、幸い医者はまだ起きていた。

「どうした?」
「かなりの深手なんです。早く止血しないと!」

椛の背後には、道着を自らの血で染めた白狼天狗の少年と、そんな彼に肩を貸す白狼天狗の少女がいた。
椛達三人は大天狗から、妖怪の山を根城にする賊の棟梁を始末するように命じられており、任務は果たせたものの、仲間の一人が重傷を負わされた。

「奥に診療台がある、急げ」
「ありがとうございます」
「ありがとな先生!」

良かったと安堵する椛達。しかしそこへ、

「邪魔だどけ」

突然入ってきたと思ったら、椛を肩で突き飛ばし、医者に詰め寄る者が居た。

「倅(せがれ)が一大事だ。すぐに手当てしろ」

椛を押したのは鼻高天狗の中年の男だった。男の傍らには腕を押さえる青年の姿があった。痛そうに顔をしかめていたが、出血はしてないようだった。
夜中に馬に乗って仲間達と鹿狩りを楽しんでいる最中に誤って馬から落ちてしまい、枝で腕を負傷したらしいと中年は早口で説明し、気の毒な倅を早く癒せと捲くし立てた。

「ちょいと待っとくれよ!」
「ぬ?」

血まみれの少年に肩を貸す少女が声を荒げる。

「私らが先なんでさぁ! 順番は守っておくんなまし天狗様!」
「なんだと?」
「お願いします。死に掛けてるんです! 早く縫わないと!」

ぶっきらぼうな言葉使いの先輩天狗にキモを冷やしつつ、自身も順番を譲って貰うよう頼み込む。

「黙れ! 丈夫さだけが取り得なのが貴様らだろうが! 他を当たれ! こっちは一大事ぞ! 我が跡取りの腕が一生使い物にならなんだら、貴様等全員の首でも釣り合わんぞ!!」
「なにとぞお慈悲を!」

小さな診療所のため、医者は一人しかいない。刻一刻を争う状況で、他を探すなど論外だった。

「おい医者。普段の倍、いや三倍の治療費を払おう。我輩を先に診ろ」

必死の頼み込みも虚しく、結局三人は診療所を追い出された。






「くそっ、ここも駄目か」

休診中、と書かれた看板を殴る椛。
ようやく辿り着いた別の診療所だったが、時間が時間のため、中は無人だった。
椛は歯噛みして先輩と負傷者が待つ木の陰に戻った。

「どうだった?」

先輩からの問いに、椛は静かに首を振る。

「そうか」
「医者は、まだ、か? 寒い…」

木に寄りかかる負傷した白狼天狗の少年。道着の前側はほとんどが赤色だった。
血を流しすぎたせいで意識は朦朧とし、視力はすでに失われていた。

「もう大丈夫だからな。今、お前を手当てする準備を大急ぎでしてしてもらっている」

少年の手を握り、先輩は優しく語りかけた。

「今回の仕事でたんまり報酬が入ったからな。何に使うかじっくり考えてろ」
「な…なぁ…?」
「話ならあとでじっくり聞いてやる。今は安静にして…」
「お、俺、こないだ、元服ぃた、んだ」
「ああ。知ってるよ。一人前の男として認められる年んなったって散々喜んでたもんな」
「お前は、好いてる男はいるのか?」
「なんだい薮から棒に?」
「俺、じゃ。駄、めか?」
「ひょっとして、私なんかと所帯持ちたいのか?」

彼は血の泡を吐いた。そして力強く『そうだ』と言った。

「お前も物好きな奴だな。私のどこに惚れたんだか」
「傍にいたい…そ、ぅ感じ、た、んダ。それじゃ、駄目、か?」
「いいや。十分さ。こんな不束者で良いいんなら。いくらでも貰ってくれ」
「良、かっ………た」

これ以降二度と、彼が動くことも喋ることもなかった。

「あははは。椛。私、結婚した瞬間に未亡人になっちまったよ。まいったねこりゃ」

先輩は困ったように笑いつつ、彼の衣服に手を忍び込ませる。

「死んじまったんだから、もういらないよな?」

懐から血が付いた巾着袋を抜き取る。逆さに振ると、質の悪い金属で出来た小銭が4枚出てきた。

「これと交換しとくれ」

髪を一箇所に纏めるために使っていた細い紐を解くと、巾着袋の中に入れて懐に戻した。

「そんなことしなくても良いじゃないですか。勿体無い」
「良いんだよ。私達は追い剥ぎじゃない」

少年の亡骸、その襟を椛は掴み、担いだ。

「そんなことより、早くこいつを樹海に捨てにいきましょう」

任務で死んだ仲間は樹海で処理するように指示されていた。
戦死者が出ない任務など皆無なため、椛はこの手の処理はもう小慣れたものだった。

「捨てるじゃない。埋めるだ。そんなこと言う奴は死んだ時、埋めてやんねーぞ?」
「別に私は野晒しのままで構いませんよ」
「アホな事言ってんじゃねぇよ」

椛の頭を、先輩は優しく小突いた。




――――――――――――――――――――――――――――――――






「犬走。オイ犬走」
「え? あ、ああ」

掛けられた声によって現実に引き戻された。
声を掛けてきたのは、先日、椛と殺しあった保守派に属する、巨躯の白狼天狗だった。

「どうした? 呆けていたようだが具合が悪いのか?」
「御気になさらず。私は付き添いです。どこも不調はありません」
「そうか」
「貴方は?」
「崖から落ちて骨があちらこちらイカれたからな。主から言われ、定期的に通い診てもらっている」
「謝りませんよ?」
「無論だ。仕掛けたのは俺。お前はそれを返り討ちにしたに過ぎない」

男は椛を恨んではいなかった。むしろ迷惑をかけたという申し訳なさを抱いていた。

「具合の方は?」
「いたって健康だ。腹の傷ももう塞がり跡形もない」
「けっこう深く、広く抉りましたよ?」
「俺は丈夫さだけが取柄だ」
(丈夫さだけが取柄、か)

先ほどの回想で、鼻高天狗から言われた事を思い出してしまった。

「骨も、臓腑ももう問題ない。医者にかかるのも今日で最後にするつもりだ」
「やめちゃうんですか?」
「む?」

椛は立ち上がり、男の腹の位置に額をつけ、体を預けていた。

「医者に通えるなら、何度でも通うべきです」
「あ、ああ。そ、そうかもしれないな」

弱々しさと儚さ。今の椛を端的に表すとそれがぴったりだった。

(こいつは本当にあの犬走椛か?)

普段とあまりにかけ離れた雰囲気に戸惑う。
目の前にいるのは武人然とした白狼天狗の戦士ではなく、自身の身を案じるか弱い少女だった。
先日の死闘から、少なからず椛の事を意識していた男が、このような姿を見てしまったらどうなるか。

――抱きしめたい

そんな衝動に駆られた。
細い体を両腕で包み込み、安心させたい、体温を感じたい。そんな男としての本能が鎌首もたげてくる。

(待て、落ち着け)

理性と遠慮が働き、寸でのところで腕が止まる。椛の肩の真上で、男の腕は行ったり来たりを繰り返す。

(ここで腹を括らねば、いつ括る)

そしてとうとう意を決した。ぎこちなかった腕の動きが、徐々に滑らかになっていく。
しかし、椛の肩に触れる寸前で、腕は止まった。

(それ以上動かないでください)

耳元でそう囁かれた。
椛の隊の少女が男の首筋に木刀を押し付け、頭に包帯を巻いた青年が、男の指を掴んでいた。

(ウチの隊長に手を出したら、折ります)

確かな殺意がそこにはあった。







「あっ、すみません。私、何てことを」

我に返った椛は、自身がしていることに対して赤面し体を引いた。

「なんですかその姿勢? まるで一本締めするみたいな?」

不自然な格好で固まる彼に怪訝な顔を向ける。

「背骨の歪みを矯正するのには、この姿勢が良いと医者が言っていてな」
「へぇそれは知りませんでした」
「隊長ー! 包帯巻いてもらえたんで帰りましょう!」
「では、私達はこれで。お大事にしてください」
「そちらも達者でな」

会釈をして、部下達と共に診療所を出発する。
まだ日は高く、正午を過ぎたばかりのようだ。

「どこかで食べてから戻りましょうよ隊長」
「そうだな」
「ゴチになります!」
「並以上を頼んだら承知しないからな」

部下の二人と定食屋で昼食を取り、詰所へ向かう。
詰所に続く道の途中、ふと視界の端に、かつて樹海だったダムの壁が見えた。

「すまない。用事を思い出した。先に戻っていてくれ」

部下を先に帰らせると、椛の足はダムの傍にある慰霊碑に向かっていた。
今日は報告の日ではないが、どうしても来たかった。














ダム。慰霊碑前。

「こないだ夢を見ました。貴女が生きてたらという『もしも』の世界の夢です」

一人、慰霊碑の前で近況を語った後、椛はそう切り出した。

「夢の中の貴女は職場の同僚と結婚して、寿除隊し家庭を持っているんです。子供は二人、二人とも男で次生まれてくる子は女の子が良いと、遊びに来た私に語るんです」

その夢には友達の二人も出ていた。

「先輩の人柄に文さんとはたてさんも惹かれてて、その二人もしょっちゅう差し入れ持って遊びに来るんです」

文とはたてが子供たちと遊んでいる間、椛は彼女に日頃の愚痴を延々と語り、それを最後まで聞いてくれた後、あの頃のように椛を励ましてくれる。そんな夢だった。

「女々しい奴です私は、貴女と別れたのは遥か昔だというのに、心のどこかでまだ貴女に依存している」

最後に手を合わせて黙祷を捧げてから立ち上がる。

(貴女の年齢などとうの昔に超えたというのに、まだまだずっと貴女の方が大人に見える)

そんなことを考えつつ遠くを見つめる。

「ん?」

山をぐるりと見渡したその眼に、知り合いが二人、偶然映った。始めて見る、珍しい組み合わせだった。











二柱から神社の留守を任された東風谷早苗は眼鏡をかけた白狼天狗の少女と共に山道を歩いていた。

「このあたりはウルシが多く群生しておりますゆえ、ご注意を」
「そうなんですか?」

山の各所に設置してある分社の見回りの最中に声を掛けられた。聞けば、大天狗からの命令で早苗に付き添うよう仰せ付かったという。
断ろうと思ったが、天狗からの厚意を無碍にするわけにもいかず、巡回に付き合ってもらうことにした。

「あれはヌルデ、こっちはヤマハゼ。ヤハマゼは毒が強いので覚えておいた方が良いかと」
「へぇ、いつも通っていましたが全然気付きませんでした。気をつけますね」
「そして早苗殿が今まさに寄りかかろうとしている木から生えているのがツタウルシ。毒はウルシの中でも最強です」
「わわっ! そうだったんですか!?」

慌てて木から離れる早苗を見て、彼女はクスリと笑う。

「そんなにオカシしな動きでした?」
「あ、いえ。気を悪くしたのなら謝ります。ただ、神事の時に拝見させている御姿とは随分と違うもので」

守矢神社の神事の時の早苗は、威厳と風格、自信に満ち溢れていたが、今はハイキングを楽しむ女学生にしか見えず。
その差を彼女は面白く感じた。

「姉者ー」

遠くから声がして、そちらの方を向く。

「こっちだ姉者ー」

山道を外れ、声を頼りに進んでいくと、こちらに向け手を振る双子を発見した。

「あいつ等、なんて格好を…」

小さな滝があり、そこで双子の少女は一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた。

「お前達、そろそろ恥じらいを覚えろ」

特に隠そうとしない妹たちを姉が叱る。

「この場所は他よりも低く木々に囲まれているので、外からは見えませぬ」
「倭ぁ等だけの穴場です」

早苗は周囲を見渡す。
確かに彼女らの言う通り、窪んだ地形に生い茂る木々が遮蔽物となり、外部からの視界を遮断していた。

「冷たくはないか?」

太ももの位置まで川の水に浸かる妹に尋ねた。

「先ほどまで走りこみをしておりましたので、この脚には良い塩梅です。姉者もどうですか?」
「今は早苗殿のお付の身だ。遊んでいる暇はない」
「まぁまぁ。ここまでずっと歩き詰めでしたし、ココで少し休憩していきましょう………くふふふ、眼福です眼福」
「早苗殿?」

目が先ほどまでとは明らかに違う輝きを放つ早苗。
双子の身体に舐めるようなねちっこい視線を送る。

「早苗様はいかがですか? 脚を入れるだけでも気持ちが良いですよ」
「ふふふ。そうですねぇ。御言葉に甘えちゃいましょうかねぇ。なんなら私も生まれたままの格好に…」

垂れるよだれをぬぐいつつ、ブーツと靴下を脱ぎ、スカートのホックに手を掛けたその時だった。

「か、っぁ、ひゅ」

早苗は背後から忍び寄った何者かに裸締めを掛けられた。首に回された腕が、脳に流れるはずだった血液の一切を遮断する。

「…」

五秒。早苗の意識が完全に墜ちるのはそれだけあれば十分だった。
眠ったように穏やかな表情で気絶する早苗の体をゆっくりと横たえた首絞めの張本人である椛を、姉妹は敵意を顕わにして睨みつける。

「なんのつも…」

少女が口を開いた瞬間、椛は地面を強く蹴り、彼女が反応するよりも早く間合い詰め、間髪入れずに裏拳で顎を叩いた。
眼鏡が直接触れたわけでもないのに遠くまで転がる。

「貴様、何が目的だ」
「早苗様をどうするつもりだ?」
「早苗さんをどうにかしようとしているのは貴女達のほうでしょう?」
「倭ぁ達が早苗様を? 何を言っている?」
「足に結んである匕首が見えてますよ? もっと上手く隠してください」
「「ッ!?」」

言われ、二人は自分の足元を見る。二人の足首にはそれぞれ、抜き身のままの刃物が結び付けられていた。

「私達も昔、その方法で何人か始末したことがありますから。色欲のお盛んな奴はこれであっさり油断してくれたから重宝しましたよ。水に足が取られて、相手はすぐに逃げられないという利点も大きかったです」

気絶し、倒れている長女の襟を掴んでお越し、その首に腕を回す。

「質問します。これに正直に答えればお姉さんは無事にお返ししますし、上にも報告しません。早苗さんには『疲労で倒れた』と上手く誤魔化しておきます」
「「…」」

二人は黙ったままお互いに目配せし、まったく同じ間で頷いた。

「わかりました。犬走殿、降参です。いかようにもお尋ねください」
「貴女方は、保守派に組みするものですね?」
「左様。学園に通いつつ、保守派の支部で訓練を日々詰んでおる」

出会った時、何となくそうなんじゃないかと予感していた。
その予感は外れて欲しいと、心の底から願っていた。

「早苗さんをどうするつもりでした?」
「脅して主様の所へ連れて行くつもりだった」
「連れて行ってからは?」
「倭ぁ達は攫って来いとだけ賜った。それ以上のことは知らん」
「そうですか、わかり…」

突然。腹部に鈍い痛みと、強烈な嘔吐感が椛を襲った。
腕の中にいた長女の肘鉄が椛の脇腹にめり込んでいた。幼子なれど保守派のもとで特別な訓練をいくつも詰んで鍛えられた者が放った技である。椛をひるませるには十分な威力だった。

「やるぞお前たち!!」
「「応っ!!」」

長女の号令で双子が足首の匕首を抜いた。
椛は目の前の長女の胸に手加減無しの掌底を打ち込む。今度こそ間違いなく意識を刈り取った。

「武器を捨てなさい。今度こそ本当に姉が死にますよ?」

気絶した長女の首根っこを掴み川の中に入れる。双子が武装を解くまで引上げる気はなかった。姉妹の情に期待した。
しかし椛の期待は悲しくも外れ、双子は匕首を手に川の中を駆け出した。

(くそっ)

双子を仕留めるのは容易かった。一人は陸に上がる直前に鳩尾を蹴飛ばして悶絶させ、陸にあがれたもう片方は、匕首を取り上げた後、頭突きを見舞い脳震盪に至らしめた。
鳩尾を蹴られて悶絶する最後の一人にそっと近づき頚動脈を絞めれば、そこに立っているのは椛だけとなった。









早苗と白狼天狗の姉妹を見る。全員、当分目を覚ましそうにない。

「何をやっているんだ私は?」

椛の胸に、突然虚しさがこみ上げてきた。

「ついこの間、元同僚と斬り合ったかと思えば、今度は年端もいかぬ後輩たちを一方的に暴行か?」

自分のしている事に、深い疑問が生まれた瞬間だった。

「私達の敵は守矢と、白狼天狗を蔑ろにする連中だろう? なんで同胞同士殺しあわなければならない?」

勝利の喜びなど何処にも無い。否、こんなもの勝ちですらなかった。

「なんで私達がこんな目に合わなければならない」

恨みの声は、少しずつ、嗚咽が混ざりはじめる。
何度も経験したはずなのに、今回ばかりは我慢できなかった。

「もういい加減ウンザリだ」

両膝をつき、その場でボロボロと涙をこぼし始めた。
今は泣いている場合じゃないと、頭ではわかっていても、感情を抑えることが出来なかった。

「いつもそうだ。憎くも無い相手と殺しあって、自分には一文の得にならない権力争いに巻き込まれて」

山の覇権を握るための血みどろの抗争、それが終わった後の束の間の平和、そして再び始まる権力者同士の抗争。
その繰り返しがこの山の歴史だった。そんな思い出が、椛の記憶の大部分を占めていた。

「昔、跡目争いでアレだけ殺し合わせておいて、今度は守矢を潰す為の捨て駒か? 何回同じことを繰り返す」

気絶する姉妹たちを見る。

「私達は一体なんの為に戦っているんだ?」

誰も答えてはくれなかった。





















その後、椛は早苗を自分の部隊の隊員に預け、気がつくまで詰所で保護するように指示した。
預ける際『日頃の疲れが溜まって眠ってしまった』と取り繕っておいた。早苗本人も、突然背後から絞め落とされた為、前後の記憶が曖昧になっているからそれで誤魔化せると思った。

「問題は」

自宅へ連れ帰り、柱に括りつけた三姉妹を見る。

「私達をどうするつもりだ?」
「それを今考えている」

彼女らの処遇を椛は決めかねていた。
このまま大天狗に早苗誘拐を企てた者として即突き出せばそれで終わる話なのだが、そうする気にはなれなかった。

(大天狗様、頭に血が昇ると子供でも手加減しないからなぁ)

事が事だけに、大天狗もこの件には重きを置くだろう。

(最悪、首が飛ぶ。未遂で終わったといえ、東風谷早苗誘拐の実行犯だ)

ベニア板の上に頭だけ並ぶ姉妹。
その想像が、幼い頃に見た家族の最期の姿と重なり。慌てて首を振った。

(とりあえず夕飯にしよう)

日も大分傾き、軽い空腹感を感じた椛は夕飯の支度にかかる。

(干した魚がまだあったはず)

にとりからお裾分けして貰った干物と山菜を煮た鍋を作る。
どちらも軽く火を通すだけで完了のため、すぐに準備が終わった。

(よし、食べるか)
「…」
「…」
「…」

三人の瞳が注がれているのが嫌でもわかった。

(食べづらい)

明日用にと取っておいた残りの干物も、軽く火を通して塩を振る。

「ほら」

全員の口に轡として噛ませていた布を取ってやり、一人に一枚ずつ干物を差し出した。

「くれるのか?」
「すぐに食べきってください。少しでも外に助けを求める素振りを見せれば、即刻取り上げますからね」

椛からの魚を咥えて受取ると、落とさないように器用に頭から尾までを食べきった。

「旨かった。感謝する。最後の晩餐がこれなら悪くない」

長女が礼を言ってきた。

「これから自分達がどうなるかちゃんと理解できてるんですね」
「任務失敗は死と同義だ」
「にしてはえらく落ち着いていますね」
「死ぬのは怖くない。もとより拾って貰った命だ。それよりも今は、主様の期待に応えられなかった申し訳無さで、胸が一杯だ」

左右の双子を見る。俯くその表情は、任務失敗による罪悪感とも、死への恐怖とも取れた。

「姉妹一緒に過ごす最後の夜になるのかもしれませんが、会話は控えてもらいます」

椛は再び、姉妹全員の口に捻った布を巻いて轡した。

「今から朝になるまでその轡は絶対に取りませんし、仕草で厠に行きたいだとか、腹が痛いといった病気を訴えてきても、一切聞き入れませんから。いいですね?」

そう警告してから、余っていた布団を全員にかかるように敷く。
その後、椛は普段の哨戒で使用する武器や道具の手入れを始める。

「?」

作業の最中、ギシギシと柱が軋む音がして、姉妹の方をふと見る。

(なんだ。やっぱり怖いんじゃないか)

彼女らの体は、小刻みに震えていた。
それを確認して椛は作業を再開させた。








やや欠けた月が妖しい光を放つ丑三つ時。
囲炉裏の小さな火が、部屋の中を明るく照らす。

「ふぅ」

道具の手入れがひと段落つき、凝り固まった肩を上下させる。
子供たちは全員、いつの間にか眠っていた。近づき、三人の表情を順番に見て回る。

「こうして見る…」
≪こうして見ると、普通の子供だね≫

声がした自分のすぐ真横を見る。幼い容姿の童が、柱に縛られ眠る姉妹を覗き込んでいた。
童は姉妹よりもはるかに小さい。

≪なんでこの子達の邪魔をしたの? 放っておけば、この子達が敵を始末してくれたかもしれないんだよ?≫

それは幼い頃の自分だった。

「早苗さんは敵じゃない」
≪敵だよ? 守矢の手先。私達白狼天狗を冒涜した連中の一味。どうして助けたりなんかしたの?≫
「敵だからといって、保守派の行動は看過できない。守矢との関係が下手に拗れれば、山が乱れる」
≪じゃあ今回はそうならなくて良かったね。明日、大天狗様にこの子たちを届けて一件落着≫
「それなんですがね」
≪?≫
「彼女達は明日、保守派の連中に返そう思います」
≪どうしてこの子達を大天狗様に突き出さないの? そうすれば保守派はしばらく大人しくなる。山が少しだけ平和になる≫
「彼女達の命と引換えに、ですか?」
≪それにどこが不都合なの? アカの他人のこの子達がどうなろうと、私達には関係ない≫

幼い自分は腑に落ちない顔を向ける。

「私だって、数刻前はそういう考えでした」
≪じゃあなんで?≫
「見たくないと思ったんです。年端もいかぬ子が、何が正しいのか間違っているのかも碌にわからないまま、ただ命じられるがままに戦わされて命を落とすのが」
≪昔の自分と重ね合わせて、同情しちゃったの?≫
「かもしれません」
≪今まで散々仲間を見捨ててきたクセに? これくらいの子だって飽きるくらい見捨ててきたのになんで今更?≫
「しょうがないじゃないですか。思ってしまったんですから」
≪隊長なんてやってるせいで、自分が真っ当な白狼天狗に戻れたと勘違いしちゃってるの?≫
「…」

否定したいのに、反論の言葉が出てこなかった。

≪この子達を保守派に返したその後、誘拐を邪魔をした貴女を保守派は許さない。返した瞬間殺されちゃうよ?≫

きっとそうなる。否、そういう展開にならない方がおかしい。
この子達を返すということは、自分の身を危険にさらすということである。

≪貴女が今日まで生きて来られたのはどうして? 与えられた仕事だけをこなし、他は一切関わろうとしなかったからでしょ? 間違ってるよそんな生き方≫
「間違っていますか私は?」
≪何をしてでも生き延びるという自分の生き方から、大きく外れようとしている。異常だよこんなの≫
「異常なのは分別のつかない子供や身分の低い者を利用して勢力を拡げようとしてる連中の方でしょう。自分は一切傷付かず、弱い者に全ての危険を押し付け、利益を貪る」
≪それが弱肉強食だと、自然の摂理だと受け入れて今日までやって来たんじゃない≫
「私だっていつまでも獣や畜生のままでいるつもりはありません。こんなのもうウンザリです」
≪死んじゃうくらいなら、私は獣のままで良い。この件に関わってしまった事はしょうがない。だって山の平和を守るのが貴女の仕事だから。でも、この子達を返すのには賛成できない≫
「三人です」
≪何の話?≫
「先輩、文さん、はたてさん。こんなどうしようもない私を助けるために命を賭けてくれた方たちの数です」
≪だから?≫
「誰一人救おうとしなかった私を、三人もの仲間が救ってくれたんですよ? 今ここで、目の前にある三つの命を見捨てたら、一生その三人に顔向けできません」
≪別に気にしなくても良い。私が怖いのは死だけ。今更後悔が増えたところでなんともない≫
「死なないことばかりに気を取られていたあの頃の私は、結局何一つ成し遂げられなかったじゃないですか」
≪あの頃の自分を否定するの?≫
「そうじゃありません。もういい加減、新しい一歩を踏み出すべきだと言っているんです。文さんとはたてさんの横に、並ぶためにも」
≪…≫

少女はしばらく考え込んだ。そして顔を上げた。

≪わかった≫
「ありがとうございます」
≪でもこれだけは覚えておいて≫
「?」
≪貴女はあの先輩のようにはなれないし、山は貴女を愛さない≫

そして幼い自分の幻影は消えた。
静寂だけが部屋に残った。











「ん、あ?」

幼い自分が消えた次の瞬間、気付けば椛は床に突っ伏していた。

「…夢か?」

どうやら道具の手入れの途中で眠ってしまったらしい。
東の空が紅く染まっている。まだ早朝のようだ。

「先輩のように、か」

夢の中で、最後に彼女が言った言葉を思い出す。
椛の脳裏にふと、かつて慕っていた先輩天狗の姿が浮かぶ。
命に代えて自分を守ってくれた、この世で最も尊敬する人物。

「わかってるさ。あの人のようになれないことも、愛されてないことも」

今日はなんとなく、新しい一歩を踏み出せる気だけはした。













山道。

「多少痛いかもしれませんが、我慢してください」

ロープが結ばれた扇形のシート。ソリのように扱うことで一人でも丸太を運ぶことが出来るという河童のアイデア商品。
そのシートに椛は簀巻きにした三姉妹を乗せ山道を進んでいた。

「私達を返すなど正気か?」
「貴女方は手間隙掛けて育てた兵隊です。悪いようにはしないでしょう」
「自分の心配をしているのではない。私達を送り届けた後、我らの仲間が犬走殿を見逃すハズなかろう」
「それで構いません。保守派の連中には、言いたい事が山ほどありますから」

姉妹の上には毛布が掛けてあるため、傍から見れば荷物を運んでいるようにしか見えない。
縛った子供三人を歩かせている所を見られたら都合が悪いのは椛の方であるため、このような方法で移動している。
滝で気絶させた彼女らを家まで運んだのもこのシートだ。

「楽チンだ」
「楽しいですね姉者」
「今度、河童のところへ行き、このシートを買おう」
「あの屋敷で間違いないですね?」

千里先を見通せる椛の目が、小山一つ超えた先に佇む廃寺を捉える。

「そう。あそこに今日の昼までに東風谷早苗を連れて行く手はずになっていた」
「ということは、まだ貴女達が失敗したことを向こうは知らないわけですね」

到着は、まだ少し先になりそうだった。







三人を引きずり、飛ばずに行くとなると、結構な時間がかかる。
無言でいるのに飽きた椛は、その道中で姉妹に話しかけた。

「貴女達は姉妹ですよね?」
「何故そんなことを聞く?」

眼鏡の長女が返事をする。

「双子と、貴女の髪質が妙に異なっているのが気になったもので」

双子は長くて固く、姉はウェーブ掛かっていて枝毛が多い。
いくら両親のどちらかに似るとはいっても、ここまでハッキリと分かれるのは稀だった。
こういう場合、相場は決まっている。

「そうだ。私とこの二人に血の直接の繋がりは無い」
「「姉者」」
「孤児だったところを主様とやらに拾われたと?」
「私は生まれつき目が悪ぅかったからな。物心つく頃に両親から見切りをつけられた。そしてこの二人は双子だと縁起が悪いという迷信を信じた愚かな親によって捨てられた」
「親は違えど倭ぁらは家族じゃ。そこは譲れん」
「何も貴女達の関係を否定するものじゃありませんよ。家族なら大事にしてください。任務と命なら命を取ってください」

昨日、姉妹を人質にとっても躊躇わず攻撃してきたことを咎めた。

「それは出来ん。主様に拾ってもらった命。主様の為に使おうと我ら心に決めておる」
「敵もろとも刺し殺すことになっても、恨みっこなしだと誓い合った」
「姉妹だからこそ出来ることだ」
「今時、大した忠誠心ですね」

やっと廃寺の前まで辿り着く。

「どーして貴方がいるんですかね?」
「犬走?」

門の前には、昨日診療所で会ったばかりの男の白狼天狗がいた。

「貴方がいるということは、やはりここは保守派の拠点で間違いないですね」
「その荷はなんだ?」
「お届けものです」

毛布を捲り、対面させてやる。

「そうか。失敗したか」
「私がいなきゃ十中八九成功してましたよ」
「だろうな。この姉妹は下手な哨戒天狗より優秀だ」
「貴方も首謀者の一人ですか?」
「いや、計画を知らされたのはつい先程だ」

朝、呼び出しを受けて訪ねると、計画の全貌と、ここの番兵をするよう仰せ付かったと彼は説明した。
この件は保守派の首領が極秘に極秘を重ねて進めていた計画のため、まだ保守派の幹部にすら知らせていないらしい。

「つまりこの件を知っているのは保守派の主と貴方達だけというわけですね」
「大天狗様にこの事は?」
「話してませんよ。首と胴体が繋がっているのがその証拠です」

話していたなら今頃、刎ねられた彼女らの首と警告文を届けさせられている。

「東風谷早苗本人も攫われそうになったとは思っていないハズです」
「恩に着る」

男は上半身が地面と平行になる角度まで頭を下げた。

「私がここまで気を配ってやったんです。任務失敗により制裁なんて時代錯誤なことしないでくださいよ?」
「そんな事は俺が許さん」
「頼りにしていますよ本当に」

シートに繋がるロープを男に渡した。

「で、任務を邪魔した私はどうなります? 帰っていいんですか?」
「それは出来ない。俺はお前を拘束しなければならない。恩を仇で返し、本当にすまない」
「いちいち頭を下げなくていいですから。さっさと連行してください」

男は廃寺の奥にいる首領に報告するために、いったん中に入っていった。
その間に、縄を解かれた姉妹が椛を拘束する。

「イマイチ貴女が何をしたいのかわからん」
「おしゃべりする暇があったら縄の結びを確認しなさい。私は貴女達の敵なんですよ?」

長女が椛を縛り、双子が椛の体を入念に調べる。

「すごいなぁ。あっちこっちから刃物が出てきよる」
「おぉ、ここからも」

袖や懐から想像を超える数の武器が出てきて驚嘆の声を繰り返す。

「下駄底の中にも隠してあります」
「本当だ。引き戸みたいに開くようになってる」
「胴着の背中から針金みたいなのが出てきたがこれも武器か?」
「目に入ればなんだって凶器になりますよ」

数分後に男が戻ってきた。

「これみんなお前が隠し持っていたものか?」

ゴザの上に並べられた凶器を見て彼は目を丸くする。

「露天商でもこんなに置いてないぞ?」
「コツを掴めば結構隠せるものですよ? 教えましょうか?」
「いらん。それよりも主がお待ちだ」

男が縄を引っ張った。

「おっと」

段差に躓き、椛は倒れた。

「他よりも馬鹿力なんですから加減してくださいよ」
「ああ、すまん」

この時椛は、地面の上の小指の先程の大きさの石をこっそり呑み込んだ。

それに気付く者はいなかった。木の上から彼女らを食い入るように見つめる、毛並みの良い一匹のカラス以外は。


















廃寺の中に講堂。
そこで待っていた保守派の首領の前に椛は引っ立てられた。

「こうして面と向かうのは、大昔、大天狗様の組合にいた頃以来ですかね?」

先に口を開いたのは椛だった。

「それくらいですね。といっても、私は大天狗様の右腕、貴女は鉄砲玉でしたけど」

皮肉たっぷりに返しながら、手を合わせると、椛を拘束する縄が切れて落ちた。

「良いんですか解いてしまって?」
「解いた所で貴女が私に何かできますか?」
「出来ませんね残念ながら」

自由になった手足を軽く動かしながら用意された座布団の上に座る。

「どうでしたか、私の育てた尖兵は?」
「仲間を人質に取られても躊躇わず、任務のためなら羞恥心を簡単に捨てられる。反吐が出ます」
「昔の自分を見ているようだから?」
「…フッ」
「なにか?」
「いえ、別に」

夢の中で同じような事を言われたのを思い出し、ワケもなく噴出しそうになった。

「それで、貴女がココへ来た目的はなんですか?」
「用向きならあの男から聞いたでしょう。あの子達を返しに来たんですよ」
「嘘おっしゃい。他の白狼ならいざ知らず。貴女が己の身を危険にさらしてまで助けるとは到底思えません。裏があると考えて当然でしょう」
「本当に何もないんです。あの三人が処刑されるのは、いささか気の毒な気がして、魔が差したのでしょう」

彼女は椛をじっと見つめる。椛の表情と挙動から真言かを見極める。
長考し、椛に偽りがないと悟ったのだろう。驚嘆し、目を大きく見開いた。
そして表情を険しくさせた。

「ひょっとして、隊長に昇格して真っ当な白狼天狗になれたと思ってるんですか?」
「思っちゃいけませんか?」

これも夢の中で言われていた。事前に言われていたお陰でさほど精神的なダメージは受けなかった。

「駄目に決まっているでしょう。あれだけ畜生以下の事をしてきた貴女ですよ? 今さら善人面する気ですか?」
「私の生き方をとやかく言われる筋合いはありません」
「いいえ言わせてもらいます。その生き方だけは絶対に許しません。私から全てを奪っていったその生き方を変えるなんて認めません」
「何のことですか?」
「なんて白々しいんでしょうか貴女は。ええ、いいでしょう。頭の構造が残念な白狼天狗の貴女にもわかるよう。順序立ててご説明致しましょう」

咳払いを一つして、彼女は語りだす。

「私は、大天狗様を愛しています。これはもう崇拝・信仰と言ってもいいでしょう」
「存じてます。この界隈じゃ有名な話しです」
「当時の大天狗様は冷酷無比な御方でした。私はそんな大天狗様に惹かれておりました。頭の端から爪先まであの御方の為に捧げることを誓いました」

言って、彼女は愛おしそうに髪飾りを撫でた。

「しかし、貴女のせいで、私の敬愛して止まない大天狗様は変わってしまった。冷酷無比ではなくなってしまった」
「大天狗様が勝手に日和っただけでしょう」
「貴女も他の白狼天狗同様、任務の中でスッパリ死んでおけば、大天狗様が白狼天狗という下賎な存在を意識する事も、ましてや愛着を持つ事なんてなかった」

大天狗が変わる切欠を作ったその生き方をあっさり変えることが、我慢ならなかった。

「この際だから告白しますが。私は貴女のことが大嫌いです。以前、あの男に保守派入りしなかった場合は殺すよう命じたのも私です」
「逆恨みもここまできたらいっそ清々しいですね」
「その通り。これは単なる逆恨み。大天狗様の傍に居る貴女への嫉妬なのでしょうね」
「言ってくれればいつでもお譲りしたのにあんな場所」
「貴女はどこまでも」

指先を椛に向ける。その瞬間、椛は自身の体が見えない何かに押さえ込まれているような感覚に陥った。

「貴女の影を縫いました。貴女はもうここまでです」

自らの妖力を相手に纏わせて動きを封じる術のため、妖術の素質の薄い白狼天狗では自力で解くのが難しい。
体を動かそうと試みるが、体が小刻みに震えるだけでそれ以上の事は起きない。

「これでよく、出来の悪い白狼天狗を甚振ってましたっけ? 進歩が無いですね」

押さえられているのは輪郭だけのため、目や口はなんとか動かせた。

「あなたの罪は二つ。守矢排除の好機を邪魔した事と、大天狗様を変えた事。今ここできっちり清算していただきますからね」
「死ぬ前に私からも二つほどよろしいですか?」
「いいでしょう。聞いてあげます。これで最期なのですから」
「子供たちを真っ当な道に戻してあげてください」
「それは出来ません。山の秩序を保つためには、彼女達のような存在が必要不可欠です」
「善悪の区別もままらない子供を利用する。それがどれだけ異常な事かわからないんですか?」
「そんなこと百も承知です。ひょっとしてそれが正常だとでも思っていたんですか?」
「ええ、お恥ずかしながら」
「つくづく救えない生物ですね白狼天狗は。飼い主の命令ならなんでも鵜呑みにする。だから死ぬまで利用されていることに気がつかないんですよ」
「二つ目なんですがね。あの子達に伝言を」
「大先輩からの御言葉。それは素敵ですね。一字一句漏らすことなく伝えてあげましょう」
「では伝えてください『調べるなら。腹の中まできっちり確認しろ』と」
「?」

椛の頬が膨らむ。

「ぷっ」

引っ立てられる途中で呑み込んだ小石が吐き出され、首領の右目に直撃した。

「くっっ!!?」

その瞬間、椛の体が自由になった。

(よし)

床を蹴り、講堂の出口へと走る。

「逃がしませんよ?」

彼女の指が上から下に動くと、それに連動し、講堂の出口に木製の格子がシャッターのように降りてきて、椛の行く手を阻んだ。

「この講堂。捕らえた東風谷早苗を閉じ込めるための座敷牢に改修したんです。貴女のせいで無駄になってしまいましたが」

椛の体が再び金縛りに襲われる。

「この程度で私を出し抜けるとでも?」

充血した右目のまま、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。

「さあ。覚悟を決めてください」

「ちょっと不謹慎なんですが、こういうピンチの場に颯爽と登場するっていうシチュエーションに、ちょっと憧れてたんですよ」

何者かが発したその言葉の直後、出口を塞いでいた格子が砕けた。

「どうも首領さん。アポなしですみません」
「ようこそ射命丸さん。わざわざ起こしくださって嬉しいのですが、少しお待ちくださいね。今取り込みですので」
「そうはいきません、私も大事な用がありますので」

格子を破壊し中に入ってきたのは文だった。

「文さん。どうしてココに?」
「椛さんが困ってるからに決まってるじゃないですか」

立ちはだかるように椛の前に立ち、文は背後に向け盾を放った。

「門の方たちに見つからないようこっそり忍び込んだので、それくらいしか調達できませんでした」

盾は哨戒部隊に支給されているものだった。

「拾いたいのは山々なんですがね。あいつの術で動けないんですよ。文さんならこれ解けるでしょう? 早くなんとかしてください」
「あの御方の術ですよ? 流石の私も難儀します……あ、キスすればすぐ解けますよ? 口経で私の妖術を流し込めば一発です。よしそうと決まればしっぽり出来る場所にでも行きますか」
「別にそれって、指を口に入れても良いんじゃ…」

会話の途中で文は椛を担ぐ。

「そうはいきません」

文がバラバラにした格子が無理やり組み合わさり、穴を塞いだ。

「おかしいですね。貴女方二人は犬猿の仲だと聞いていますが?」
「古いですね情報が。新聞を読むことをオススメしますよ」
「保守派には入ってくれないのですか?」
「生憎と、犯罪者になるつもりはありませんので」
「残念です」

その言葉を皮切りに、講堂の空気が震えだした。

「用心してください文さん。アイツは触れることなく物を動かすことが出来ます」
「神通力ってやつですか?」
「どうします? 見逃してくれそうにありませんよ?」
「椛さん、受身は取れそうですか?」
「努力します」

文が椛を後方に放り、素早く団扇を取り出すと、それを振り上げ、自身を中心に突風を発生させた。
講堂で固定されていない物が一斉に巻き上げられる。

「くっ」

首領が怯んだ一瞬の隙に文は自身の身に旋風を纏いながら急接近。
彼女の真上を取ると団扇の先から局所的な暴風を生み出す。それを肩に受けた彼女は床に足を付けたまま、五メートル程下がった。

(あれを喰らってタタラを踏む程度ですか)

流石は幹部、一筋縄ではいかないと実感した時、

「痛っ」

唐突に背中に痛みを感じ、能力使用の際に顕現させた己の羽を見る。

「何時の間に」

羽の一部分がごっそりと削り取られていた。刃物によるモノではない。粗い何かで千切られたような痕だった。

「残念、至極残念です。これだけ有能な力を持つ貴女と敵対しなければいけないなんて」

首領の手が狒々の顔となって、文の羽の一部を咀嚼していた。

「体の一部を獣に変え使役する部分変化に神通力。随分とトリッキーな術をお持ちのようですね」
「当然ですよ。そいつ、飯綱三郎天狗の血縁者ですから」

部屋の隅っこで転がるもみじが告げる。彼女は今、首領を挟んで文とは反対側の位置にいた。

「ええ! あの御方の子孫なんですか!?」

文の反応に彼女は気を良くする。

「師父は神通力を極めた天狗として有名ですからね、まぁ知っていて当然…」
「あのくそ不味い『天狗の麦飯』を開発した有名人ですからね。嫌でも覚えてます」
「はぁ!?」

飯綱三郎天狗(飯縄権現)は、妖術や忍術の他に、『天狗の麦飯』という食べられる砂を発明し、飢饉の際それで多くの民を救ったことで有名である。

「文さんもあれ食べたことあるんですか?」
「子供の頃、寺子屋の帰り道にあの方の家があって「お腹すいたろう? 持っていきんさい」ってたまに貰ってました」
「それはご愁傷様でしたね」
「もちろん速攻で庭に捨ててましたけどね」
「味も栄養価もクソなくせに、作った本人は美味しいと思ってたのが余計にタチ悪かったですよね」
「全くです」

「美味しいじゃないですかアレ!」

たまらず反論する首領。

「え!? あれが美味しいとか正気ですか首領さん!」
「きっと味覚障害ってやつですよ文さん」
「普通に美味しいですってば! 師父との鍛錬が終わった後の麦飯は絶品でしたよ!」
「身長の割りに胸が貧相なのはそのせいですか?」
「飢饉の時はあれが大勢の命を救ったんです! みんな美味しいと言って感謝しながら口に運んだという文献も」
「空腹は最高の調味料っていいますからね」
「あれ食べ続けた修験者が天狗に昇格したんでしょ? 食べることが苦行ってことじゃないですか?」
「黙りなさい!! 良いでしょう! 貴女方二人は捕らえた後、麦飯の素晴らしさを徹底的に教え込んで…」

叫んでいる最中の彼女の後頭部に強い衝撃が走った。

「っあ…?」

揺れる視界の中で振り返ると、盾を振り下ろしている椛の姿があった。
椛は躊躇も手加減もせず、盾の鋭利な側面で再び彼女の後頭部を強打した。
うつ伏せになって倒れる彼女の背中に跨り、さらに殴打を浴びせる。

「あの、椛さん。さすがにそれはオーバーキルな気がするような」

文の言葉を無視して椛は殴打を続ける。
そして止めといわんばかりに盾を大きく振り上げたときだった。

「っ!?」

首領の背中から着物を突き破り数匹の蛇が飛び出し、それらが一斉に椛に喰らいつこうと口を開ける。

「やっぱりか」

殴っている時、まるでウロコでも叩いているかのような感触しかしなかった。
大方、首筋を別の生物に変化させていたのだろう。
蛇の牙に触れる寸前、飛び去って文の横に着地した。

「恐れ入りました。いつ金縛りを解いたのですか?」

蛇を体に戻しながら平然と立ち上がり、尋ねてきた。

「貴女に特攻する前、椛さんを放る直前にチュチュっと」
「本当は別の方法でも解けたんじゃないですか?」

椛は渋い顔をしながら、袖で口元を拭う。

「ぶん殴りますか? あの時みたいに?」
「いえ。今回はカラスに突かれたと思って諦めます」
「これは手厳しい」

金縛りが解かれた後も、しばらく掛かったフリをしていた。

「なるほど。そして天狗の麦飯が不味いなどという卑劣な嘘で私を惑わし、その隙を突いたというワケですか」
「いやアレが不味いのは事実ですよ?」
「現実見ましょうよいい加減」
「あ゛あ゛ぁぁぁぁあああぁああぁぁ!!!」

高出力の妖力を宿した両手が、二人に向けそれぞれ振り払われる。
接しただけで肌が焼け焦げるその手を、椛は床を這うようにして潜り、文は身を捻りながら真上に跳躍し回避する。
回避行動を取りつつ、椛はガラ空きとなった鳩尾につま先をめり込ませ、文は延髄に踵を落とした。

「う゛ごっ」

上と下、重い蹴りを急所に同時に受け、彼女は初めて表情を引き攣らせた。
立ち上がった椛は居合いの構えを取る。持っているのが剣ではなく盾でという以外、姿勢に違いはなかった。
その盾に文は団扇を重ねる。
別段、この動作はお互いに打ち合わせたわけではない、目の前の相手を排除しようとしたら、体が勝手にこうなるよう動いていた。

「いっ」
「せー」
「「のっ!!」」

椛の腕力と文の風力。二つの力を推進力に打ち出された盾は、首領の腹に直撃するとそのまま壁まで吹っ飛ばした。
格子に背中からぶち当たった首領は、二人に苦悶の表情を見た後、俯き、動かなくなった。

「見ました椛さん!? 愛の勝利ですよ!! やっぱり最後に勝つのは愛です、愛!」
「まだ気を抜かないでください。あとアイアイアイ五月蝿いです」
「むぎゅ」

喜び、抱きつこうとした文の顔を椛は押し返した。

「むー、二体一とはいえ、幹部を打ち倒した大金星ですよ。もっと喜んでも…」
「あいつはこっからが強いですよ。ほら」

視線を戻すと首領は二人のすぐ目の前にいた。
彼女は静かに微笑む。

「これから本気で殺しにかかりますけど、良いですよね?」

穏やかに笑うその顔とは裏腹に、彼女が纏う着物の下では、ガキゴキと何かが折れ曲がる音がして、不自然な盛り上がり方を始めた。

「駄目に決まってるでしょう。全力で抵抗させてもらいます」
「私だけじゃなく椛さんの命が掛かってるんです。私も真面目にやらせてもらいましょうか」

怯む事無くそう言い放ったが『戦わずに逃げるべきだ』と本能が二人に告げていた。
逃げる算段を立てようと思考を巡らせた時、突然首領が頭に礫を受けて仰け反った。



「ギリ間に合ったかんじ?」

その声と同時に、格子が派手に砕けた。
現れた人物に三人は驚愕する。

「えへへ、来ちゃった」
「大天狗様!?」

おどけながら手を振る天狗社会の軍事統括者。

「文ちゃん、知らせてくれてありがとう。にしても毛並みの良い伝令鴉持ってるのねぇ、今度ウチのと交配させない?」
「何故大天狗様が直々に? てっきりどこかの部隊を派遣するとばかり」
「身内の恥だからねぇ。内々に処理しようと思って。幸い、この事態を知る関係者も少ないみたいだし。さて」

今回の首謀者である保守派の首領を、鋭い眼光が射抜く。

「自分が何やったかわかってる?」
「光栄です。大天狗様、直々に出向いていただけ…」

大天狗は彼女の頭を掴み上げると、そのまま床に叩きつけた。

「お゛がッ!」
「私は『自分が何やったかわかってる?』のかって聞いてるんだけど?」

本来なら痛みと恐怖しか感じないこの状況で、首領は歓喜に震えていた。

「嗚呼。その表情、その表情です。貴女様がその表情に戻るのをずっと心待ちにしておりました。私が愛して止まなかった大天狗様が、今ようやく…」
「おい」
「アガァアガッアガガッ!!」

大天狗の腕に力が篭る。手の中にある彼女の頭蓋骨から嫌な音が鳴り始めた。

「アンタはここで何やってんの? これ以上ボケた回答するようなら潰して肥溜めの中に捨てるわよ?」
「天狗に仇なす、敵を、排除しようと、して、おりました」
「それで東風谷早苗を誘拐しようとしたわけ?」
「誘拐は、兼ねてより、計画しており、その機、会をずっと窺っており、ました」

そして監視に送っている使い魔から二柱が地底に向かったという報告を受け、その日の夕方に実行した。

「あの野良犬が邪魔さえしなければ全て上手く行ったんです。本当なら今頃は風祝の命と引換えに山からの退去、断ったなら殺害し力を削ぐ事ができたんです」
「いつも余計なことばっかりしてくれるわねアンタは」

手を離し、代わりに腹に拳を叩き込んだ。
殴られた体は、格子と壁を突き破り、廊下まで転がる。

「ぁ、か、はぁ…ぁ」

呼吸できず、胃液がせり上がってくる痛みと苦しみでのたうつ。

「本当ならこの後、ケツから鉄棒突っ込んで口まで貫通させて、大衆の面前で何日もかけて鳥葬してやりたいトコだけど。これまでのアンタの功績もあるからね。それは勘弁したげる」

彼女を追って廊下に出た大天狗は、腕を真上に伸ばして天井を掴んだ。

「よいっしょぉぉ!!」

まるで棚の上の物を取るような動作で、いとも簡単に天井を落として彼女を下敷きにした。

「おーいどこ行ったー? 今楽にしたげるから返事しなさーい」

瓦礫の山を蹴飛ばし、踏み砕きながら彼女を探す。
やがて瓦礫の隙間から、荒い呼吸を繰り返す首領の顔を見つけた。

「今気付いたけど、なにアンタ? 未だにこれ付けてたの?」

銀の髪飾りを摘み、掌の上に乗せる。

「駆け出しの頃に私が贈った安物じゃん。本気で引くんだけど」

手を握り込むと、それは不細工な銀色の塊に形を変えた。

「次はアンタがこうなる番」

髪をつかみ瓦礫の山から引上げる。
顕わになった彼女の体、手足はあらぬ方向へ曲がり、血がつま先から滴り続けていた。

「これでも感謝してたのよ? 組合解体以降、アンタ率いる保守派が影で反乱分子潰し回ってくれてたお陰で、私もだいぶやり易かったし」
「っ、あ、はっ。ひ、ひひへ」

こんな状態でも褒められてよほど嬉しいのか、悶絶する顔を強引に歪ませて笑おうとして、喉から不気味な音が漏れた。

「昔から気持ち悪い奴だとは思ってたけど、別にそこまで嫌いじゃないのよ? 今回は特別に御咎め無しにしたげるから、怪我が治ったら遊びに来なさい。茶ぐらい出すわよ」

彼女の額に指先をくっ付ける。

「怪我が治ったら、ね」

スイカが割れるような音がした。

「一生治んないでしょうけど」

仰向けに倒れ、手足を痙攣させるソレを見下ろしながら小さく呟いた。

「あー終わった終わった。ゴメンね文ちゃん。もっと早く来る予定だったんだけど邪魔が入っちゃって」
「邪魔、ですか?」
「あれ? ところでモミちゃんは?」

辺りを見渡すが、椛の姿がない。

「椛さんでしたら、大天狗様が来ると同時に廊下へ走り出しましたけど」
「なんで?」
「さあ?」










「おい! おい!!」

椛は門の前で倒れている巨体の白狼天狗の頬を叩いていた。

「ん…」

男の目が開くと、椛は間髪いれずに尋ねた。

「あの子達は何処だ!?」

大天狗が来た時、嫌な予感がした。
最悪の事態が頭を過ぎった。

「わからん」
「わからないだと?」
「大天狗様が現れた時、俺は主の元へ行かせまいと剣を抜いた。その直後にこの様だ」

彼の体は崩れた門の下敷きになっており、自力で出るのは不可能だった。

「まさかあの子達も大天狗様に挑んだのか!?」
「大天狗様は俺を倒した後、子供たちには目もくれず中に入っていった」
「じゃあ、何処かに逃げ…」
「その直後に奴が来た」
「奴?」
「もう俺たちではどうする事もできない」















木々が乱雑に生え、岩が無造作に突き出す獣道。

「急いで用事を済ませて神社に帰ってきたら早苗がちゃんと居てくれて、ホっとしたんだ」

軽やかなステップを踏みながら諏訪子は上機嫌に話す。

「でも、早苗の首に妙なアザがあってね。本人は気付いていないけど、アレは誰かに絞められて出来た痕だ」

諏訪子の手には三本のリードが握られていた。

「それとなく聞いたんだ。昨日何してたのか。そしたらある姉妹と遊んでいたら疲労で倒れたんだそうだ」

諏訪子は早苗から聞いた姉妹の特徴と、神奈子から知らされていた保守派の要注意人物の特徴を重ね合わせた。
そして彼女らの存在に辿り着いた。

「お前等、保守派の手先なんだってなぁ? 早苗をどうするつもりだったんだ?」

リードの先は鉄の輪と繋がっており。その鉄の輪は、姉妹の首にそれぞれガッチリと嵌っていた。
輪と首の間に隙間は殆どなく、満足に呼吸することすら許されない。
息をしようともがく姉妹を諏訪子は楽しそうに引きずっていた。

「お前等、自分が殺されても文句言えないことしてる自覚はあるか?」

振り返り、爬虫類のような無機質な目で姉妹を見下ろす。

「三人引きずるのはちょっと疲れるなぁ、ここで一人減らして軽くす…」
「待て!!」

ようやく椛が追いついた。

「何しにきた? ここにお前の来る理由は無いぞ?」
「いえ、あります。仲間を助けに来ました」
「仲間だぁ?」

顔をしかめる諏訪子。不愉快極まりないという表情で椛を見る。

「死んだら祟り神確定のクズ野郎が寒いこと言ってんじゃないぞ?」
「なんでどいつもコイツも、私が仲間を助けようとするだけでこんなに批難するんですか」
「自分の胸に聞けよ」
「私のことなんて今はどうでも良いんです。この子達を返してもらいますよ」

来る直前に男から借りた身の丈ほどの大太刀を一息で鞘から抜き出して、その切先を諏訪子に向ける。

「おいおい良いのかそんな事して? こいつ等で今回の件はチャラにしてやるって言ってるんだぞ?」
「関係ないでしょうその子達は」
「ないワケないだろ! 実行犯だぞ!?」
「償いなら年端もいかない子にやらせた大人にさせろ!」
「大天狗とはコイツ等で手打ちにするよう話がついてんだよ! 今更ゴチャゴチャ言うな! こいつ等無罪放免にしたら筋が通らないんだよ!」
「筋が通れば良いんですか?」
「あん?」

椛は大太刀を捨てた。

「早苗さんの首を絞めた奴を探してるんですよね? あれをやったのは私です。痣の痕を確認してみてください。私の腕の位置とぴったり合いますから」
「正気かお前?」
「ええ」
「止めとけ止めとけ。こいつらさっき『主君を失うならここで散るのが本望』つってたぞ? 忠義に水を注すなよ」
「本当にそれが本心なんでしょうか?」

椛は姉妹の元まで歩き、彼女達に問いかける。

「命乞いするなら今の内ですよ?」

その問いかけに眼鏡の少女は首を横に振った。

「この神は容赦がないですよ? 神社に連れて行かれた貴女達は。爪をすべて匕首で剥がされ、皮を鋸で削ぎ落とされ、肉をペンチで千切られ、骨を万力で砕かれ、目玉を小刀で潰され、鼻を槌で折られ、
 口を素手で裂かれ、耳を刀で切り落とされ、貴女方が絶望し、生存を諦め、死ぬことが唯一の救済だと心から思うようになった時、ようやく本当の拷問を始めます」

この時、その光景を鮮明に思い描いたのか、双子の片方の奥歯がガチガチと鳴る音が聞こえた。

「洩矢諏訪子も八坂神奈子も、貴女方の命が終わるその瞬間まで、寝ることも、休むことも、気を失うことも、狂うことも許さず、ただただ苦痛を与え続けます。とても楽しそうにね。
 ようやく死ねた後も、貴女方の魂はあの祟り神の腹に収まり、祟り神の一部となり、永久に痛みと飢えと恐怖を味わい続けることになります。ですよね諏訪子様?」
「早苗に手を出しといてそんなんで許すわけないだろ。その前にたっぷりと恥辱も味あわせてやる。山の住人全員の見ている前で徹底的に陵辱してから、拷問してやるよ」
「だそうです。良かったですね。そこまで苦しめば、きっと主も許してくれるでしょう。これまで貴女方が詰んできた訓練とは比べ物にならない痛みでしょうが、どうか頑張って」
「い…や、だ」
「はい?」

呼吸が制限されている状態で、少女は必死に訴えた。

「嫌だ、死にと、うない。痛いのも、怖いのも、嫌だ」

目尻に涙を溜めながら、切れそうな息でそう漏らした。

「まだ、たくさん、読みたい本がある」
「饅頭を腹いっぱい食べたい」
「おかあちゃん、おかあちゃん、怖いよ、やだよ」

堰を切ったように姉妹は次々未練の言葉を零す。
その言葉に安堵の息を漏らし、諏訪子を見る椛。

「この子達、解放してくれますね?」
「本当にいいんだな?」

ここで諏訪子は椛に顔を近づけると、こっそり耳打ちしてきた。

「ここだけの話。私も神奈子も、この餓鬼共の命取ろうだなんて思ってない。実行犯なのは確かだが、半分被害者だってことくらいわかってる」

二度と守矢神社に逆らう気が起きない程度のトラウマを植えつけたら、返してやるつもりでいた。

「だがお前は手加減しないぞ? それでもいいのか?」
「子供を守るのが、大人の役割ですから」
「そうかい。ちょっと見ない内に、すっかり詰まらない奴になったなぁお前」
「光栄です」

諏訪子が手を地面につけると、大ガマが現れ、一口で椛を呑み込んだ。






【 epilogue 】


守矢神社の境内。
大ガマが椛を己の消化器官ごと吐き出す。

「どうだい? リムジンより快適だっただろ?」
「ごほっ、ごほっ」

すえた臭いがする粘液の中で咳き込みながら、椛は呼吸を整える。

「んじゃまぁ、ここで下っ端の祟り神の養分にでもなって貰おうか…」
「諏訪子」
「あん?」

神奈子が待ったをかけた。

「もう良いだろう? 結果として早苗は無事だったんだ。ここで大天狗に貸しを作っておくのも悪くない」
「はっ、わかったよ。後はお前の好きにしな」

急に馬鹿馬鹿しくなったといわんばかりに投げやりな声でそう言って、諏訪子は社務所の中に引っ込んだ。
場は、椛と神奈子の二人だけになった。

「早苗を守ってくれたみたいね。お礼を言わせてちょうだい」
「哨戒天狗としての責務を果たしただけです」
「その液、長く触れていると肌が荒れるわ。風呂と替えの服を用意したから使って頂戴」

神社の風呂を借り、用意された道着に着替える。先ほどまで着ていたのと全く同じ寸法だったことに軽く驚いた。

「広かったでしょうウチの風呂は?」
「ええ。羨ましい限りで」

玄関を目指し廊下を歩いていると、ふいに神奈子に声を掛けられた。
手招きされ、彼女を追って入った部屋には膳が二つ用意されていた。

「折角だ、食べていきなさい」

促され、椛は神奈子の向かいに座り、礼をして箸を取る。

「一度こうして、お前さんとサシで飲みたいと思っていたのよ」

徳利を差し出すが、椛は盃を取らず箸を進める。

「これ食べたらすぐ帰るんでお構いなく」
「ずいぶんと嫌われたものね」
「理由はわかってますよね?」
「そういう態度を取られると。余計こちら側に引き込みたくなるわ」
「…」

食べ始める椛を眺めながら神奈子は続ける。

「身内のゴタゴタで大変だったみたいね」
「いつものことです」
「今回のように、絶望的な状況から生き延びたのは何度目かしら? もしかしたら死後、祟り神ではなく、戦神の末席に加われるかもね?」
「助かるかもしれなかった仲間を見捨て、仲間の死体で矢をしのぎ、死んだふりなど日常茶飯事。畜生以下の私が?」
「偉人の自伝や英雄譚なんて捏造と歪曲塗れの私小説。現実はただひたすらに泥臭い出来事の連続。本当の美談なんて一握りよ」
「そんなご大層なモノに興味はありません」
「これから私達と手を取り合えば、英雄として後世に語り継がれるようになるわ」

神奈子の不穏な言葉に椛の箸が止まる。

「今度は何しようってんですか?」
「何、ちょっとした改革よ。信仰を得るついでに、お前さんを苦しめ続ける元凶の白狼天狗差別を撤廃してやろうと思って」
「元凶ですか?」
「元凶でしょう? お前さんが一族郎党殺されたのも、暗部堕ちしたのも、今回のように仲間内で殺しあわされたのも、根本は白狼天狗差別が原因じゃない?」
「仮にそうだったとして、貴女がそれを終わらせられると?」
「ええ」
「どうやって? 過去に、あなた自身が不可能だと言っていた事じゃないですか」
「メドが着いたのさ。地底での実験でね。危険を冒してまで行った甲斐があったわ」
「それと差別撤廃に何の関係が?」
「お前さん達に、この山のライフラインを握らせてあげる」
「らいふらいん?」

耳慣れない単語に首を傾げる。

「生活する上で必要なモノを管理し供給する施設のことよ」
「話が見えませんね」
「電気。というモノは流石に知っているわね?」
「河童の友人がいますからある程度は」
「この山もいずれ電気が普及する」
「しますかね?」

無縁塚で拾った発電機を河童がバラして構造を理解し、独自に開発した発電機が一部の工場で使われている等、河童のほうではそこそこ利用されているが、天狗側は電気をまったく重要視していないのが現状である。
せいぜい電池で動く小物を少数が利用している程度に過ぎない。

「するさ。私と諏訪子は電気という科学の力でこちらに追いやられたと言っても過言ではない。あれはお前達が思っているより遥かに便利だ。ロープウェイの設置により、それを嫌でも実感するだろう」
「架空索道でしたっけ?」
「それを取っ掛かりにして、我々に肩入れしている天狗幹部らを中心に、少しずつ生活を電気に依存させていく。そしてそうなると発電所が必要になる。守矢神社と白狼天狗様が管理するな」
「発電所の管理なんて誰でも出来るのでは? 他の天狗がしゃしゃり出てくるに決まってる」
「その発電所は外の世界の特別な技術で電気を作る。その技術を持っている私達が『白狼天狗にはその適正があり。彼らが管理するのが望ましい』と言えば、誰も手は出せんよ」

こうして守矢神社と白狼天狗で電気事業を独占。
ライフラインを握る白狼天狗は山での発言力を強められ、山のパワーバランスが崩れたことで守矢神社はよりつけ入り易くなる。

「やがて電気は山だけでなく幻想郷中に普及する。行灯は日用品からアンティークになる。そうなれば誰も、白狼天狗を蔑ろに出来ない。素晴らしい未来でしょう? その一歩目として、お前さんには白狼天狗と我々の橋渡し役を…」
「お断りします」
「なに?」
「今の話を聞いて確信しました。差別撤廃よりも、優先すべきは守矢神社の排除だと」
「私達の下で甘い蜜を吸うより、今のままが良いと?」
「貴女方の野心は我々天狗のそれとは規模が違う。貴女が山の支配者になれば、天狗上層部と同じ過ちを繰り返すばかりでなく、山の外へ積極的に進出し、いらぬ戦渦を呼び込むでしょう」
「心配せずとも我々は勝つさ」
「大勢の天狗を犠牲にしてですか?」
「戦に犠牲はつきものよ」
「そういうのがもうウンザリだって言ってるんです」

この神は根本的なところで分かり合えないと椛は理解する。

「そもそも貴女は一つ、大きな勘違いをしている」
「なにかしら?」
「有り得ないでしょ? かつて私が愛し、心の拠り所として大切にしていたもの、その一切合財を踏みにじって侮辱してから消し去っておいて、協力しろ? 一度医者で頭診て貰ったらどうです?」
「くくく。言ってくれるじゃない。私にそこまで楯突けるのが今まで何人いたか。逆に愛おしくさえ思えるわ」

手を伸ばし、椛の手に触れようとする。

「ガウゥ……ぷっ」

近づいてきた神奈子の手、その人差し指を噛み千切ると、床の上に吐き出した。

「そうだな。お前はこうでなくてはならない。それでこそ私が見込んだ白狼天狗だ」

手を握ってから開くと、損失したハズの指が元通りになっていた。

「どうも。ごちそうさまでした。これからは徹底的に邪魔するのでよろしくお願いいたします」
「これでも私は慈悲深い。仲間になりたければいつでも訪ねるといい。白狼天狗と電力事業を立ち上げるのは決定事項なのだから」
「ではこれで」

普段と変わらぬ足取りで椛は玄関に向かった。
椛が去ってからすぐ、諏訪子が入れ違いで入ってきた。

「ほらな? 断っただろ?」
「ここ最近、前向きになったという噂を聞いたから、口説けると思ったんだどね」
「お前、差別撤廃をチラつかせたら、本当に味方になると思ったのか?」
「所詮、恨み辛みでしか動けない憐れな獣か」
「偶にお前が宇宙人かなんかに見えるよ」

敗者から学んだと豪語する神奈子だが、敗北を重ね続ける者の苦悩や悔しさの理解には、一度の体験では足りないようだった。

「それはさておき。ここからが正念場なわけだ」
「大丈夫。流れは私達に来ている。今回の件がその証拠さ」

地底での実験は成功。早苗は無事どころか、最も警戒していた保守派が壊滅。

「山は私達を選んだのよ。天狗では頼りないから、私達にこの山を統括しろと言っている」

自分を取り巻く全てがそう言っているように神奈子には見えた。

「私達はこの山に愛されてる」

だからこそ、そんな確信があった。








大天狗の屋敷。

「急に解散じゃ、保守派の幹部が何しでかすか分からないから、しばらくは真面目に首領やってるフリして徐々に弱体化させてこうと思うの」

廃寺の処理を他に部下に任せた大天狗は、文を連れて屋敷に戻ってきた。

「何かお手伝いできることがあれば遠慮なく仰ってくださいね」
「もう十分よ。文ちゃんのお陰で悩みの種が一個減ったんだから。これ以上コキ使ったら悪いわ」
「そんな。私はただ通報しただけですから」
「モミちゃんのピンチも救ってくれたし、ご褒美は何がいい?」
「いいですよそんな。報酬なら椛さんに」
「そういえばモミちゃん、あれから何処に行ったの?」
「さぁ? 私にもさっぱり」

そんな時だった。襖が勢い良く開け放たれたのは。

「椛さん」
「モミちゃん」

守矢神社を出た椛はそのまま大天狗の屋敷にやってきた。
そんな彼女を大天狗は歓迎する。

「今まで何やってたの? 心配したんだからね?」
「どうしてあの姉妹を売ったんですか?」

大天狗の態度とは反対に、椛の表情は険しい。

「しょうがないでしょう。あいつら差し出せば水に流すって言ってきたんだから」

文から保守派が不穏な動きをしていると報告があった直後、
地底から帰って来た諏訪子が『早苗の周囲で異常がなかったか?』と首の痣と三姉妹について尋ねてきた。
この時、大天狗の中ですべてが繋がり、諏訪子に事の顛末を伝えると、諏訪子は実行犯を差し出すよう要求してきた。
大天狗はこの要求に即答した。

「白狼天狗の子供と、山の平和。どっち取るかなんて考えるまでもないでしょう? 間違ってる?」
「ッ!」
「椛さん落ち着いて」

大天狗に詰め寄ろうとした椛を、文が寸でのところで押さえた。

「良いよ殴りたきゃ殴っても? 誰も見てないし」

拳を強く握る椛の手を見ながら言う。
しかし、彼女が見ている前で、その手は力なく開かれた。

「貴女は何も、間違っていません。失礼しました」
「あっ」

文を振り払い、大天狗には一切触れることなく部屋を出て行った。
椛の気配が消えると、大天狗は脱力し、そのまま大の字に倒れこんだ。

「一体どういうおつもりですか大天狗様? なぜ挑発紛いの行為を?」

彼女の真意がわからない文は、そう訊かずにはいられなかった。

「あー、ぶん殴って欲しかったなぁ。『お前は間違ってる』って『白狼天狗のために闘え』って、言って欲しかったなぁ」

その言葉が文の質問への答えなのか、独り言なのかはわからない。

「ごめんね文ちゃん。ちょっと疲れたから寝るわ」
「わかりました。では失礼しますね」
「うん。御疲れ様。文ちゃんもゆっくり休んでね」

部屋は自分だけとなり、ただ静寂だけが残る。

「ほんっと、歳って取りたくないわ。だーれも叱ってくれないんだもん」

五分、十分と時間が経過するが、彼女はずっと虚空を見つめる。体に疲労感はこれっぽっちもないが、心がただただ沈んでしょうがなかった。
そんなときだった、襖が静かに開いたのは。

「ん? なに? 忘れ物?」
「いえ、私です」

申し訳なさそうに従者が顔を出す。

「どーしたの?」
「はたてさんをお迎えするための食材とお酒が届きました。ご確認をお願いします」
「あっ」

壁に掛かったカレンダーを見る。

「そういえば、はたてちゃん招待した日、今日だった」

保守派のことですっかり記憶から抜け落ちてしまっていた。















大天狗の屋敷にやってきたはたては予想を遥かに超えた歓迎に戸惑っていた。

「ごめんね。急に都合つけてもらって」
「いえ、そんな」

お詫びを兼ねた軽い飲み食いだと書面にあったが、眼に前に並ぶそれはとてもそうは見えなかった。
意匠の凝った容器に納められた見たことの無い銘柄の酒が。
今捌いたばかりの新鮮な海産物が踊る小舟が。
一頭の牛から数百グラムしか取れない貴重な部位が山盛りになった皿が。
異国の地でしか育たない野菜や果物が盛り付けられた洋食器が。
これでもかという程並べられていた。

「はたてちゃんの口に合うかわかんないけど、色々と揃えてみたのよ」
「きょ、恐縮です」

硬くなるはたての様子を肴に酒を煽る。

「この前はアリガトね。お陰で死なずにすんだわ」
「でもあれは一緒にいた私を気遣ったせいでなのがそもそもの原因で、私がいなきゃ…」
「そんなことないわよ。あの時、私、すごい精神的に不安定だったのよ。はたてちゃんが追っ払ってくれなきゃどうなってたか」

はたてがいなくとも返り討ちにはしていただろうが、そうなった場合、数日の入院で済む怪我ではなかっただろう。

「それにしてもびっくりしちゃった。はたてちゃん強いのねぇ。天魔ちゃんが目を掛けるのもわかるわ」
「そんな事ないです。他の鴉天狗より出来が悪いからっていって色々と教えてもらったのが切欠ですし」

脱引篭もりから始まった天魔との関係、ずいぶん親密なものになったとはたては思う。

「素質あるわよはたてちゃん。ひょっとして親は凄い人だったりする?」
「実は、両親のことはよく知らないんです。父さんは物心が付くか付かない頃に、母さんも、私が山で独り暮らしを許される年の頃に」
「そうなの?」
「でも最近、生前の母さんはそれなりに有名な天狗だっていうのを知ったんです」
「お母さんの名前は?」

はたてがその名を告げる。
その名で一人だけ、大天狗には思い当たる人物がいた。天魔の血縁者にして、補佐役を務めた女性だった。

「はたてちゃん、苗字が姫海棠だけど、母さんの旧姓は? 戸籍とかあるでしょ?」
「それが、戸籍を保管する倉庫の一部に火事があったとかで、ずっと昔に焼失してしまったと」
(あー、やっぱりかぁ)
「なにかわかりませんか?」
「ごめん。わかんないわ」

大天狗は確信した。はたては、天魔の血縁者だと。
戸籍は意図的に隠したのだろう。天魔の血はその濃さから、血縁者の存在は秘匿とされていた。一族の者は、他人にその存在を知られぬよう身分や名を偽っていた。
火事による焼失は、彼らがよく使う方便だった。

(通りでこの子だけ別格なワケだ)

才能があるのも、天魔から必要以上に肩入れされているのも、全て得心いった。

(私にはああ言っておいて、天魔ちゃんもちゃっかり後悔してるのね)

天魔とその女性の間で起きた事を大天狗は見ていた。どちらも意固地を貫いたまま、和解することなく女性が病死した。
その女性の娘が目の前にいる。

(未来の天魔候補じゃん。あわよくば私の後継者なんて言ってる場合じゃないわね)

空になったはたてのグラスに果実酒を注いでやる。

「まぁまぁ飲んで飲んで」
「あ、どうも」
「悩みとか困ったことがあったら遠慮なく言ってね。力になったげるから。特に恋の相談とか大歓迎だから」
「でしたら御言葉に甘えて一つ」
「ん?」

はたては懐から筒を取り出して、中に収められていた紙を出した。椛の昔の名が記された戸籍票である。
この紙は元々は大天狗が手に入れるはずだった。一言伝えておくのが筋だと思った。

「二つ。秘密にして欲しいことがあります」

この紙を持ち出してしまった事と、この紙の存在自体を誰にも口外しないで欲しいと頼んでから、はたては、自分が知る限りの椛の情報を伝えた。



「へーこれがモミちゃんの本名か」

渡された戸籍票の一番下に書かれている名前を何度も見返す。

「だからアイツに並々ならぬ恨みを持ってたり、ダム建設に過剰に反対したわけね。そっかー、あの不祥事の生き残りなら当然よね」

はたてが天魔の身内という程の衝撃ではないが、その事実もまた、大天狗を驚かせた。

「それをどう扱っていいか迷ってるんです。見せるのか、見せないのか、嘘を吐くのか、吐かないのか」
「確かに難しい問題ねー。でも私なら『見せない』かなぁ。今更伝えられても困るだけだわ。こっそり処分する」
「やっぱりそういう考えもありますよね」

返して貰おうと手を伸ばすはたて、しかしその手を大天狗は拒んだ。

「この紙、ここで燃やさない?」
「え?」

大天狗が指を立てると、その先に小さな火種が生まれた。

「だ、駄目です!」
「はたてちゃん、どうして良いか迷ってたんでしょ? 迷うってことは、どう行動しても間違いじゃないって事よ。だから良いでしょ?」
「困ります! とにかく返してください!」
「返すも何も、もともとは私のになる予定だったんでしょ?」
「相続放棄したじゃないですか!」
「はたてちゃんは窃盗じゃない?」
「あっ」

その正論に言葉を詰まらせてしまう。

「モミちゃんはあいつをずっと恨んでいたのよ? 今更これ見せて『あいつは実は反省していたのかも?』なんて言われてモミちゃんの気が晴れるの? なわけないでしょ?
 そもそもあいつが反省しようがしなかろうが、モミちゃんはアイツの誤認が発端で地獄のような道を歩かされた事実は変わらないのよ?許される要素なんてドコにも無いわ」
「そうかもしれません。でも、その紙は椛の本当の名前が載ってる唯一のモノなんです。燃やすなんてできません」
「あの子の名前は犬走椛よ。それ以外の名前なんて必要ないわ」

紙の端が炙られる。

「上層部が昔に起した不祥事を知られたくない大天狗は、卑劣にも姫海棠はたてから奪い証拠を隠滅。はたてちゃんは何も悪くないわ」
「待って!!」

この時、はたての頭の中で、何かが外れる音がした。

(あれ?)

この感覚には覚えがあった。

(あの時と同じだ)

大天狗を襲った賊に矢を向けられた時に起きた現象が、また起こっていた。
まるで時間が止まっているとすら思えるほど、緩やかな速度で周りが動く中、自分だけが普段通りに動ける世界。

(今しかない)

大天狗も、その指先の火の揺らめきも、まるでコマ送りのように遅い。

「返してもらいます」

歩み寄り紙の端を掴む。

「だーめ」
「え?」

しかしその手は振り払われた。
その瞬間、世界がもとの速度に戻った。

「すごいわね。その年で『アレ』が出来る子は、そうそういないわよ」
「痛ぅぅ」

手を軽く払われた程度だったが、現実の時間ではよほど高速だったのか、触れていた箇所が赤く腫れていた。

「お願いします。返してください。ひょっとしたら、椛にとって大切なモノになる可能性だってあるんです」

迷う事無く床に手を吐き、額を押し付けた。何の抵抗もなく行えた。

「こう言っちゃなんだけどさ。たかが白狼天狗一匹にそこまで肩入れする?」
「椛をたかがなんて言わないでください」
「前から思ってたんだけどさぁ、はたてちゃん、モミちゃんのこと、過大評価しすぎなんじゃない?」
「そんな事…」
「まぁ確かに、あの子の生涯を箇条書きにしたら、はたてちゃんくらいの年の子が好きそうなネタのオンパレオードだからね」

大天狗はしゃがみ、土下座するはたての両脇に手を入れて無理矢理起した。

「あの子は別に、誇り高き女剣士でも、孤高の白狼天狗でもないのよ?」
「そんな事、わかって…」
「わかってない。いいわ。話したげる、モミちゃんが組合で何やってたか」

思えば二人は、この話題の最中に保守派を名乗る一派に襲撃された。
そのことをはたては思い出す。

「あの頃の私はね。白狼天狗を仲間として見てなかった。家畜程度の愛着も持ってなかった。だからなんだってやらせた。命を粗末に扱い、尊厳を踏みにじった」

大天狗ははたての両肩を強く掴んでいた。話しの途中で逃げたり、耳を塞がせないために。

「圧倒的に劣ってる白狼天狗が他の天狗を殺す方法なんて限られてるわ。大勢で襲うか、不意打ちするか、はたまた油断させるか」

『油断』という言葉を特に強調して言った。

「組合に所属してた白狼天狗には、戦いの訓練は全然させなかったけど、アッチの練習だけは散々させたのよ。はっきり言うと男の悦ばせ方よ。まぁ女の悦ばせ方も仕組んだけど」

暗闇で集団で襲うより、そういう状況の方が成功率が高かったため、大天狗は夜鷹や行きずりの女を装わせて標的に近づかせる方法を多用した。

「結構な地獄絵図だったわよ。年端も行かない子も関係なく参加させたわ。当然、モミちゃんだって例外じゃない」
「っ…」

耳を塞ぎたいという恐怖心と、最後まで聞かなければならないという使命感がはたての中で鬩(せめ)ぎあっていた。

「上手くできなかったら蹴飛ばしたわ。脇腹を躊躇なく。何度も蹴った。嫌な素振りを見せれば蹴ったし、吐くたびに蹴った。そのお陰で全員が一流の娼婦よ」

大天狗ははたてが持つ椛のイメージを徹底的に崩しにかかる。

「あの子もね、色んな種族を相手に訓練したけど、一種類だけ嫌がり続けた種族があるのよ。それが鴉天狗だったわ。なんでそんなに嫌か無理やり口を割らせたんだけどね。これが傑作なのよ」

はたての顔が蒼白になっているのがわかる。それでもやめるつもりはなかった。

「なんでも、あの子。幼児の時に鴉天狗の悪童共に、木の枝で面白半分に初めて奪われちゃったらしいのよ。んでもってその後がまた酷くてね。
 悪童共、なんと『純潔を捧げた相手だろう。両親にちゃんと報告しろ』って無理矢理、血の付いた枝持って帰らせたんだって。ソレ聞いた時、私…」

大天狗の言葉は無理矢理中断させられた。

「フーー、フーーー、フーーーーッ!」

拳をまっすぐ前に突き出す正拳突きの姿勢のまま、はたては息を荒げる。
妖力で体の筋肉の収縮性を強化、殴った際の反動や、それによって起きる事など一切考慮せず大天狗の顔面を打ち抜いていた。

「ハァァァァ」

血が昇りきった頭が、少しずつ鮮明になってくる。
この時、殴った反動で薬指が折れてしまったが、そんなのは気にならなかった。

「やっちゃった…」

天狗社会の序列2位を殴った。いくら天魔の加護があっても極刑は免れない。

「どうかなさいま……ぬぅ!?」

音を聞きつけた従者がやってくる。彼は現場を目の当たりにすると大きく目を見開き、口と鼻から流血する主人とはたてを交互に見る。

「何があったのですかはたてさん? ご説明願えますか?」
「私が…」
「宴もたけなわになってきて、最後に私が一発芸して締めようとしたら、思いのほか酔ってたみたいで盛大に足滑らせちゃって。イテテテ」

首を回し「失敗失敗」と呟きながら大天狗は体を起す。

「だからいつもお酒は程々にしてくださいとあれほど。薬箱を持ってきます」
「早くね」
「心得ております」

従者が急ぎ、部屋から出て行った。

「あ、あの…大天狗様、私」
「はたてちゃんさぁ。自分がすごい強いっていう実感ある?」

壁に背中を預け、普段と変わらぬ口調で尋ねる。

「私が?」
「あと五年もすれば、誰も放っておかないでしょうね。それまでにモミちゃんと完全に縁切っておきなさい。モミちゃんの為にも」
「椛の、為?」

今起きている自体に脳の処理が追いつかず、黙って聞くしかなかった。

「鴉天狗だから真っ当な教育が受けられて、みんなが助けてくれて、親がすごい奴だから大して修行しなくても簡単に強くなる。
 モミちゃんと対極にいる天狗連れて来いって言われたら、間違いなく貴女を指すわよ」
「私がですか?」
「対極なんて生優しいものじゃないわね。否定・冒涜してると言っても良いわ」


「お待たせしました」

そこへ従者が戻ってきた。

「自分で手当てするから、はたてちゃん玄関まで送ってあげて」
「そう仰るなら……はたてさん、こちらへ」
「えっ、あっ、は、はい」

困惑しながら、はたては従者に連れられて部屋を出ようとする。
一瞬だけ振り返ると、大天狗は鼻を摘んで上を向いていた。どうやら鼻血が止まらないらしい。




廊下を進む途中。

「本日は大変失礼しました」

背を向けながら従者は謝罪した。

「いえ、その。あれは…」
「わかっています。大方、大天狗様が貴女を酷く侮辱することをしたのでしょう。主人の無礼、私からも謝らせてください」

大天狗と付き合いの長い彼が、それくらいわからないワケがない。

「賊の矢を受けて以来、大天狗様はかつてご自分がなさった事に対して深く悔いるようになりました」

昔からその素振りはあったが、最近はそれがやたらと顕著になった。

「あの方は、誰かに罰して欲しくて仕方が無いのかもしれません」



玄関の戸が開く音が聞こえると、大天狗は膝を抱え、その巨躯を縮こまらせた。

「はーーーー、何やってんだろ私」

折れた鼻を妖力で無理矢理治癒しながら、そう一人ごちた。










はたては自宅に帰り、ベッドの上に倒れこむ。
布団に潜ると先ほどまでの出来事が全て悪い夢のように思えたが、薬指の痛みがあれは現実だったと教えてくれた。

(なんにも考えたくない。もう寝よう)

頭も心も整理が追いつかず、睡眠を取る事で逃避しようと脳が決断した時だった。

「なんだろ?」

突然、携帯型カメラからアラーム音がした。

「初めて聞く音だ」

にとりに修理を依頼した際、新機能でも付けられたのだろうかと推測する。
シャッターボタンを押すと鳴り止んだ。

「タイマー機能か何かかな?」

すると再びアラームが鳴る。
今度は違うボタンを押した。それでまた音が止まる。

「明日、なんなのか訊きに行っ…」
『お、やっと繋がったか?』
「ひっ!!?」

驚いた勢いで思わず手放してしまう。

『おーい、もしもーし?』

床に落ちたカメラが、声を発していた。

「えっ!? えっ!? ちょっと? なんで!! 嘘!?」

はたてのカメラは、携帯型というだけで通話機能などない。
恐る恐るカメラを拾い耳に当てる。

「あ、あの」
『おー良かった。ちゃんと成功したみたいだな』
「貴女は一体?」
『オイオイ。一回会ってるだろ。そもそもこんなの出来るのは一人くらいだろ』
「ひょっとして『私』ですか?」
『おうとも。元気そうで何より』

かつて出会った、未来の自分。それが声の正体のようだった。

『今まで何度も交信しようと念を飛ばしてたんだぜ? でもお前がこれを受信できるほどのレベルじゃなかったから今まで全然繋がらなかった。だがどうやら、やっとこの域までこれたみたいだな?』
「別にレベルが上がることなんて何も……あ」

考えを巡らせ、先ほどの事を思い出す。

「大天狗様を殴ったから? え、なに、ひょっとして大天狗様を倒したのが経験値になってレベルアップ?」
『倒した経験値っていうよりも、ボルテージが上がって脳のリミッターが一時的に外れたのが原因だろうな。今も多分リミッター外れたままになってるぞ?』
「それって大丈夫なんですか?」
『寝て気持ちを落ち着ければ自然に戻るだろ』
「良かった」
『しかし、アレか。ちょうど大天狗の礼に誘われたところか』
「はい」
『ぶん殴ったか?』
「グーで」
『そこは俺様と一緒だな』
「大天狗様、大丈夫ですかね?」

殴った怪我についてではなく、彼女の今後についての心配だった。
従者の言葉が耳にこびりついていた。

『あの女はもう駄目だよ。十年以内に隠居する。んでもってあっという間にしわくちゃのババアになる』
「あの大天狗様が?」
『俺達天狗は精神がそのまま見た目に依存してるからな。気持ちが弱れば老けるのなんてあっという間だ』
「…」
『それで、大天狗の話しを聞いてお前はどう思った?』
「もし全部本当だとしたら、許せません」
『しょうがねぇだろ。必要悪ってやつだ』
「なんでもかんでも必要悪で片付けるのは、嫌いです」
『割り切れよ。それがなきゃ世間は回らねぇんだよ。大人になれ』
「必要悪を受け入れるのが賢いっていうのなら、ずっと子供のままで良いです」
『やっぱりお前は俺様だな』

カラカラと受話器の向こうで笑われた。

「大人になるって、やっぱり大変ですか?」
『さっきお前に『大人になれ』なんて言ったが、そんなもん一回もなれた試しがねぇよ。椛や文の倍以上生きた。金持ちになって、喧嘩も強くなって、大勢の前で完璧なスピーチができるようにもなった。でも未だにその二人に追いつけたとは思わない』
「そうなんですか?」
『自分視点じゃ、自分は一生子供にしか見えねぇんだろうなきっと』
「よくわかりません」
『いつか分かるさ。お前は自分なんだからな』

この時から、向こうから聞こえる声にノイズが混じるようになった。
はたてにはこれが、通話終了時間が近づいている事を知らせるモノだと本能でわかった。

「ところで母さんについて、何かわかりませんか?」
『母親については自分で調べろ。こればっかりは近道しちゃいけない。ちゃんとした手順を踏め』
「そうします」
『それで、お前、どこまで出来るようになった?』
「どこまでって言われても?」
『集中すると周りが遅く感じられたりするか?』
「何回かありました」
『完璧にとは言わないが、ある程度扱えるようになっておいた方がいいぞ?』
「なんでですか?」
『ある騒動があって、当時の俺様はそれが出来なくて死ぬ程後悔した』
「何があるんですか?」
『ちょっとした小競り合いだよ。どこにでもあるな』

どうやらこれも詳しくは教えてくれなさそうだった。
ノイズがさらに荒くなる。もうそれほど長く話せないとわかった。

『今回は話せて良かったよ』
「また、お話できますか?」
『無理かもな。実は今、火に囲まれて絶賛大ピンチだ』
「へ?」

耳を澄ますと、パチパチと何かが燃える音がしていた。

『いやー参ったよ。天狗社会の序列2位と3位と4位が、クーデター起こしやがって、俺様の命を狙ってきやがってさぁ』
「何か悪いことしたんですか?」
『真面目に皆の為にやってきたつもりだが、偉い奴はどこで恨み買ってるかわかんねぇからな』
「大丈夫なんですか?」
『問題ない。ついさっき2位も3位も4位もまとめてぶっ殺して、ハットトリック決めてやった』
「じゃあもう終わったんですね」
『俺様もそう思ったよ。でも奴等に仕えてた部下が、主君の仇討ちだの弔い合戦だの喚いて、まだドンパチすんのを止めなくてさ。鎮圧させる為に単身乗り込んだらこのザマだよ。
 ったく、そこまで忠義忠義言うんなら、主人が死んだ時に後を追って死ねってんだ』

そしてとうとう音声よりもノイズの方が多くなる。

『一つお願い聞いてくれないか?』
「お願い、ですか?」
『椛が報われる方法を見つけて欲しい』
「貴女は、見つけられなかったんですね」
『お前と俺様の世界は同じようで、色々と違ってる。だから…』
「うん。大丈夫。私は必ず見つける」

相手を安心させるためでも、強がりを言うわけでもなく、本当に見つけるという強い意志のもと、決意表明する。

『頑張ってね私』

それは紛れも無く自分の声だった。
次の瞬間、手の中のモノはただのカメラに戻った。
これ以降、彼女の声が聞こえる事も、アラーム音が鳴ることも、二度と無かった。












翌日。

「家にいないと思ったら、やはりここでしたか」

ダムの慰霊碑の前で手を合わせる椛の背に、文が語りかける。

「首領さん。頭蓋骨陥没で辛うじて生きてますが、一生意識が戻らないかもしれないそうです」
「…」
「保守派は今後、大天狗様が取仕切り、徐々に解体させるそうです」
「…」
「保守派で訓練を受けていた子供たちですが、大天狗様が信頼する家に、それぞれ預けられるそうです。お互いに会う事は特に禁じていないそうです」
「それは良かったです」

ようやく椛が反応を示した。
文も慰霊碑の前でしゃがみ、手を合わせた。

「今日ここに来たのは、先輩さんに何か報告するためですか?」
「ご存知なんですか先輩を!?」
「ええ、ほんの少しだけ。御世話になりました」

最も、出会ったのは彼女が死んだ後にだが。

「文さん。白狼天狗差別がなくなる日が、いつか来ると思いますか?」
「ええ。来ますよ」
「誰がなくしてくれると思いますか? ひょっとして守矢神社ですか?」
「いいえ。若い世代。私たちとは違い、天狗社会の悪しき風習を知らない後輩達がきっと成し遂げてくれます」
「それならちゃんと道を残しておかなければいけませんね」
「道とは?」
「彼らが大きくなった時、守矢神社が山の支配者になっているなんて事、絶対にあってはなりません」

椛は立ち上がると、文もそれに続いた。

「でも椛さん」

その背中に問いかける。

「天狗社会の為に、この山の為に、貴女がそこまでする義理はあるんですか?」

かつて椛が必死に守ろうしていた場所は、ダムの底に沈んでしまっている。
今の山に体を張るだけの価値があるのかを問いたかった。
哨戒部隊の義務だけで守矢神社に牙を向くというのなら、どんな手を使ってでも止めるつもりでいた。

「この山は貴女に酷い仕打ちばかりをしてきました。いっそぶち壊してしまおうと思わな…」

椛の指先が、文の唇に優しく触れた。

「守りたいものなら、今はちゃんとあります」

友と仲間。自分の命と同じくらい失いたくないものがちゃんと出来た。

「貴女達のお陰です」

振り返り前を向く椛。自分で言って恥ずかしくなったのか、頬がほんのり赤くなっているように見えた。

「守矢神社の好きにはさせません。力を貸してくれますか?」
「貴女の誘いを私が断ったことがありましたか?」

犬走椛は、生まれて初めて、自分で進むべき方向を決めた。これまでのような、惰性や成り行きでは決して無い。

(先輩、ようやく貴女の隣に立てたような気がします)

歩き出すその背を、誰かが押してくれているような気がした。
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コメント

執筆お疲れ様です。
今回も楽しませていただきました!

相変わらずの文才に称賛の言葉しかありません
いよいよクライマックスって感じですねw

続き楽しみにしてます!
じっくり書いてください(´∀`*)

  • 2014/06/16(月) 11:48:51 |
  • URL |
  • LICE #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

LICEさん

読んでくださりありがとうございます!
続きも頑張ります!
自分が納得のいく所までちゃんと書き切りたいと思います!

  • 2014/06/16(月) 19:55:23 |
  • URL |
  • 木質 #-
  • [ 編集 ]

新作執筆お疲れさまでした!

完成を心待ちにしてた、イヌバシリさん最新作、早速拝読させていただきました~!
怒涛のギャグパートを楽しみながらも、どこで急転直下シリアスになるかドキドキしながら読み進めると、案の定とってもディープでハードな展開にw
過保護拗らせてる諏訪子様も大好きですが、懊悩する大天狗様も実に魅力的です。一昨年、鞍馬山の魔王尊の廟に参った事があったんですが、今度行ったら色々と感慨深いかも…。

それにしても、椛が本当の意味で救われるにはどうすればいいか…私の頭ではとても考え付かない難題ですが、木質さんがどういう答えを出されるのか、楽しみにしています。

  • 2014/06/18(水) 23:39:50 |
  • URL |
  • ぱらボら #QMnOeBKU
  • [ 編集 ]

Re: 新作執筆お疲れさまでした!

ぱらボらさん
夏コミの執筆でご多忙の身にも関わらず、読んでくださり本当にありがとございます!
前半パートも楽しんでいただけたようですごく嬉しいです!

鞍馬山。実はまだ一回も行ったことが無いので、これだけネタにしたので一度は足を運ばないと…

話が完結する前に、自分なりに考えた「椛が救われる」が、ちゃん表現できるよう、頑張って書き切ります!

  • 2014/06/19(木) 20:59:53 |
  • URL |
  • 木質 #-
  • [ 編集 ]

今回も楽しませていただきました!
保守派のトップとの戦闘が戦闘そのものはガチなのに椛と文の会話のせいでギャグにしか見えないww
椛も文もはたてもみんな覚悟を決めたようでこの先の展開がとても気になります
暑くなってきたしせっかくだから俺は全裸待機で続きを待つぜ

  • 2014/06/21(土) 21:17:12 |
  • URL |
  • KNR #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

KNRさん
読んでくださりありがとうございます!
戦闘描写が得意でないのでウケ狙いに走ってしまいました…

ご期待に応えられるよう頑張ります!!
続きはまだちょっと先になりそうです。なるべく早く上げられるよう精進します!

  • 2014/06/21(土) 22:34:27 |
  • URL |
  • 木質 #-
  • [ 編集 ]

はじめてこちらにコメントさせていただきます。
毎回新作を読む度に色々な想いが浮かぶのですが、文章ベタな私では上手く伝えられないのが残念です。
ただ、一つだけ言えるのはこのシリーズが大好きだということです。
拙いコメントですが、これからも頑張ってください。応援しています。



  • 2014/07/02(水) 02:25:48 |
  • URL |
  • 六筒 #49jIM6hY
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

六筒さん

コメントくださりありがとうございます!
作品を大好きだと言って頂けるだけで、次も頑張ろうという気力と、支えになる自信が湧いてきて、大変励みになります。
次作も精一杯頑張りますので、お付き合い頂けると幸いです。

  • 2014/07/02(水) 20:12:26 |
  • URL |
  • 木質 #-
  • [ 編集 ]

木質さん、こんにちは。

最近、スランプのあまり何も書けない蒼き星です。

二柱の台詞から察するに、地霊殿の前当たりの様な気配がします。

諏訪子は全て知っていた上で椛にあんなことをしたのでしょうか……あいかわらずですね。

ここの守矢だったら、あくまで見殺しにしろと思うのですが、彼女たちは天狗の面子を重要視することにしたのでしょうか?

敵が1つ壊滅して、残りは守矢だけと成った今、椛がやりやすくなったと考えさせていただきます。

長文、失礼しました。

これからも頑張ってください。

  • 2014/07/06(日) 11:34:41 |
  • URL |
  • 蒼き星 #VWFaYlLU
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

蒼き星さん

読んでくださりありがとうございます!

やや、スランプなのですか!?
私も半年に一回の投稿ペースなので書いてる最中にたまに患います。
そういう時は、他事を考えてモチベーションが上がったりするのを待っていたりしてます。



作中の時期は読んでくださる方の解釈にお任せしているため、これがいつ頃の出来事かというのはボカしてます。読まれて、一番しっくりくる時系列に当てはめていただけると幸いです。

諏訪子が介入してきたのは、彼女の独断行動です。早苗に手を出されたという怒りから居ても立っても居られなかった故です。
早苗が出血するような怪我でも追っていたら三姉妹に真剣に殺意を向けていました。

椛達の残る問題は守矢だけとなりました。
次回でちゃんと話がまとめられるよう頑張ります。

  • 2014/07/06(日) 22:09:10 |
  • URL |
  • 木質 #-
  • [ 編集 ]

最終話が出たので今さらながら読ませていただきました。

結局、三百発以上殴られ、酷い有様になってからヒグマロボは開放された。
開放→解放
「因果応報という奴です。はたてさんとは無縁の話しです。お気になさらず」
話し→話(この「はなし」は名詞なので)
「仮に、本当に仮の話しとして、将来貴女が偉くなり天魔様のような地位に就いたとしましょう」
話し→話
「女々しい奴です私は、貴女と別れたのは遥か昔だというにの、心のどこかでまだ貴女に依存している」
にの→のに
「おしゃべりする暇があったら縄を結びを確認しなさい。私は貴女達の敵なんですよ?」
縄を→縄の
「ちょっと不謹慎なんですが、こういうピンチの場に颯爽と登場するっていうシチュエーションに、実は憧れたんですよ」
憧れた→憧れてた(脱字かどうか微妙なラインですが)

私が見つけた誤字脱字は以上です。
いつも誤字脱字を指摘してろくな感想を書かない私ですが、いつも楽しく読んでいます。
時間の都合上明日vol12を読むのでvol11の感想だけを先に書かせて頂きます。

  • 2014/11/19(水) 23:31:13 |
  • URL |
  • F15 #k9MHGdfk
  • [ 編集 ]

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