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木質の偽造ペレット工場

東方の二次創作SSです。いぢめ・グロ注意

歩け! イヌバシリさん

※グロもエロもありません

メインキャラクター:犬走椛 射命丸文 姫海棠はたて 河城にとり

【STORY】
椛の日常。オリ設定注意

【 episode.1 ネゴシエーター 】

哨戒の任務の途中、犬走椛は大天狗から呼び出しを受け、大天狗の屋敷までやってきた
目的の襖の前に立ち止まり、中で待っているであろう人物に声をかける
「御呼びでしょうか大天狗様?」
「・・・・・・」
「大天狗様?」
「・・・・・・」
返事は無い
「あのっ・・・」
「あ、入って入って」
やっと襖の越しに女性の声が帰って来た
「失礼します」
断りを入れてから襖を開ける
椛の目に最初に映ったのは、手鏡を覗き込み目の上にアイシャドウを塗る妙齢の女性だった
「ごめんごめん。おめかしに夢中だったわ」
そう言いながらも化粧の手を止めない
アイシャドウ用のブラシを仕舞い、今度は口紅を取り出す
「今日はいつに無く念入りですね?」
彼女のこれは普段から見せる行動なので、見慣れてしまった椛はさして不快に感じていない
「わかるー? 夜に鴉天狗とコンパやるのよ。合コン」
「左様で」
椛は大天狗の前に敷かれた座布団に正座すると、左側に帯刀していた剣を置いた
「それで鴉天狗が『白狼天狗の男の子も連れてきて欲しい』って言うのよ」
「何故わざわざ下っ端の天狗を?」
白狼天狗は天狗社会の最下層の種族である。そんな卑しい者と好き好んで合同のコンパを開くのが椛には理解できなかった
「なんか『硬派な男が良い』だって。ほら鴉天狗ってチャラ男が多いじゃん?」
哨戒など現場が主な白狼天狗の男は体躯に恵まれた者が多い
「白狼天狗の男は『硬派な男』というよりも『チンピラ』って感じですよ」
「そのチンピラの中でも品が比較的良さそうなの知らない?」
「任務の最中に呼び出されたと思ったら、そんな用件ですか」
どっこいせ、とワザとらしく口にしてから、剣を取り立ち上がる素振りを見せる
「チョイ待ち。今のは世間話。本題はちゃんとあるのよ」
「そうですよね。そうだと信じてましたよ。ええ、信じていましたとも」
「なんか含みがあるな」
ようやく化粧を終えたのか、手鏡を置いて椛を見た
はじめてここに来て、両者の視線が交錯した
「どうよ? 四百歳は若く見えるっしょ?」
「いえいえ。四千歳以上は若く見えますよ。今年に配属されたばかりの娘かと思いました」
「でしょー? これなら・・・」
「して、私の用件は?」
語気を強めて言った
「あう。もっと褒めてくれてもいいじゃん」
項垂(うなだ)れながら大天狗は袖から手紙を出す
「天魔ちゃんが用があるって、出来れば午前中に来て欲しいだって」
手紙を広げて見せる。天魔の直筆と、天魔本人を表す印が押されていた
「なぜ私が?」
哨戒をしている椛が、部署違いの天魔に声を掛けられる覚えなどない
「さあ? モミちゃん可愛いから愛人のお誘いとか」
「馬鹿なこと言わないでください」
「そうかなぁ? モミちゃん中性的な顔してるから、どっちからもモテるでしょ? 化粧だってさりげにしてるし」
「私のこれは顔の古傷を隠すためです」
「モミちゃんって、微妙にアマゾネスよね」













天魔が常勤している管理所まで足を運んだ椛が、大天狗から渡された手紙を門の番人に見せると、彼女はあっさりと中に通ることを許された

大広間に通された椛は畳の上に両手を付き、頭を下げて天魔の登場を待った
しばらくして小さな足音が聞こえると、頭上より声がかかる
「そう畏まらずとも良い。面を上げよ。足も崩してしまってかまわん」
「はっ」

顔を上げた椛の正面にいるのは見た目が齢(よわい)十に満たない童女であった
ぶかぶかの紋付袴を着飾るその姿はまるで七五三のようである

「多忙の中、わざわざ呼びたててすまないな犬走椛」
「滅相も無い。天魔様直々にお声を掛けていただけるなんて身に余る光栄です」
「そう言ってもらえると、お主を呼びつけてしまったワシの気持ちも軽くなる」
幼い外見と声とは正反対に、その言葉使いは非情に大人びたものだった
「こちら、大天狗様より賜ったお土産でございます」
風呂敷に包まれた重箱を差し出す
「大天狗殿からとな、これは気を使わせてしまったのう」
よちよちと小さな歩幅で椛の前までやってきて受け取り、一言椛に断りを入れてから包みを開ける
「これは・・・・・飴じゃな?」
中身は棒の刺さった飴がぎっしりと詰められていた
「ペロペロキャンデーとかいうやつですね」
「まったく大天狗殿はペロ、いつもワシを、チュ、童扱いする。これでもチュル、この山ではンッ、五本の指に入るガジ、年長者じゃぞ」
そう言いつつも飴にしっかりと齧りつくそれは、見た目相応の幼児にしか見えなかった
「それで私が呼ばれた理由は一体?」
舐め終わったのを見計らい、椛は本題を切り出した
「お主、姫海棠はたてという者を知っておるか?」
「ええ、一応は」
とりわけ親しい間柄ではない、せいぜいお互いの名前を知っている程度である

「はたては持ち前の能力故、家に篭りがちでな。一時期それを脱却していたのだが、また最近になって篭りきりの生活に戻ってしまっての。お主にはたての脱引篭もりを手伝ってもらいたい」
「構いませぬが、何ゆえ私に白羽の矢が?」
「ワシに『はたての件は、是非犬走椛を』と強く推す者が居てのう」
「推す者?」
「ウム。はたての件を一任してある者ぞ。出てきなさい」
天魔が座していた屏風の裏から、一人の少女が姿を見せる
「どうもどうも、椛さん。ご機嫌麗しゅう」
うちわを口元に当てて、含み笑いを浮かべる鴉天狗の射命丸文であった
「チッ」
「あれぇ? 今露骨に舌打ちしませんでした?」
「空耳では?」
「いやいやいやいやいや。凄く嫌そうな顔してましたよね?」
「幻覚では?」






鴉天狗が新聞を印刷する工場の傍に食堂があり、椛と文はそこで昼食を取ることにした

「女将さん。定食の特上を二人前。ああ、お金のことならご心配なく。ここは私が奢ります。白狼天狗の給料が安いことくらい知ってますから」
「どうせ経費で落とすのでしょう?」
その声は不機嫌極まっていた
「気のせいですかねぇ。椛さん、ご機嫌がよろしくない?」
「流石は新聞記者。鋭い洞察力です」
「褒められても嬉しくありません。何故ですか? 何が不服で?」
「任務の途中で大御所二人に呼び出されて、どんな一大事かと思えば引き篭もりの説得。しかもその仕事に自分を抜擢した張本人が目の前にいるんですよ」
文と本格的な交流を持ったのは、山に突然守矢神社が出現した事件。巫女が異変として妖怪の山まで出っぱって来た時が始まりである
知り合って以降、ちょくちょくと彼女から椛に顔を出すようになった
悪い者ではないとわかってはいるが、彼女が時折見せる鴉天狗特有の偉ぶった仕草が鼻につくため、椛は彼女に良い印象を持っていない
「まあまあ、たまには哨戒以外の仕事をこなしてみるのも良いじゃないですか。引き篭もりの説得だって、天狗社会に貢献する立派な仕事です」
「相変わらず口の回る方ですねあなたは、そういう所が・・・」
「おまちどう! 定食の特上、二人前だよ!」

日々の不満をぶつけようとした矢先、二人の前に盆に乗った食事が運ばれてきたため、椛は機を逃してしまった

「思うに、はたては自分の居場所が無いから引き篭もっているのです。つまり、彼女に居場所と仕事を与えてあげれば外に出るのではないでしょうか?」
「そんなモノが用意できるのですか?」
定食に添えられた梅干し。その種を舌の上で転がしながら尋ねる
「ふふふ。私の持つ人脈と権力を甘く見てもらっては困ります。そのためにもまず彼女に話を聞いてもらわないと」
「その引き篭もり天狗。姫海棠はたてというと『花果子念報』を発行していたんですよね?」
「ええ、そうですけど」
意外だという顔を文はしていた
「椛さん、鴉天狗の新聞は良く読まれるんですか?」
はたてが出す花果子念報は天狗の中で人気が低い。それなりに精通していないとすぐにそんなことは出てこない
「下っ端の白狼天狗はあなた方鴉天狗と違って、碌に読み書きの教育なんて受けられませんからね。みんな、身近な書物で字を学ぶんです。私の場合はそれがたまたま新聞だっただけです」
惰性で、今も椛は鴉天狗の新聞を暇があれば手に取り読む習慣があった
「なんだか光栄ですね」
バサリとうちわを広げて自身を扇ぐ
「私たちの書く新聞があなた方白狼天狗に教育を施しているというのは」
「ぺッ」
椛は口の中で遊ばせていた梅干の種を勢い良く吐き出した。種は易々と文のうちわの中心に穴を空けた
「勘違いしないでください。私が餓鬼の頃はマシな教材が無かっただけです。今の白狼天狗にだって読み書きを教える教本くらい普通にありますよ」
(梅干しの種が、玄武岩で出来た壁にめり込んでる・・・・)
背後の壁に出来た、新しい穴を見て文は戦慄した
「くだらないことをくっちゃべってないで、さっさと仕事に片付けに行きましょう」
「そうですね。女将さんお勘定を、あと領収書をください。宛名は『天魔様』但し書きのところは『二人様』で」
女将から領収書を受け取る文を待たず、椛は店を出た






姫海棠はたての家は、少女一人が住まうのに必要最低限の広さしかない一軒屋だった
ドアは郵便受けと一体化しているタイプで、目線の位置には覗き穴のレンズが付いている
「それじゃあ早速」
「待ってください椛さん」
「 ? 」
ドアの隙間に消火器のホースを差し込む椛に文は制止をかける
「何故です? 引き篭もりを家から出すのはコレ(消火器噴射)が一番手っ取り早いですよ? 私から借金をして返済日に居留守を使うやつはみんなコレで出てきました」
「ソイツは最終手段です。まずは穏便に行きましょう、こちらから歩み寄る形で」
「わかりました」
そう言って椛は持参してきた鉄パイプを振りかぶった
「待ってください椛さん」
「 ? 」
ドアノブの数ミリ先で鉄の棒はピタリと止まった
「なんで鉄パイプなんですか?」
「剣で叩くと刃が悪くなるかもしれないでしょう」
真顔で言い返す
「そうではなく、何故、ドアを破壊するという行動を取ろうとしたのかを問うているのです」
「こちらから歩み寄ると言ったのは文さんではありませんか?」
「ドアを破壊して中に押し入るのを歩み寄りとは言いません。さっさと帰りたいという気持ちはわかりますが、力づくは無しの方向で。相手は対人恐怖症を患った温室育ちの文系少女なんですから」

「そこで何してるの?」

文と椛以外の声がした
ドアに取り付けられている覗き穴に影が落ちている様子から、中からはたてがこちらを覗いているのがわかる
「あ、はたてですか。私です。射命丸です」
「なんの用? 引き篭もりの社会不適合者をいびりに来たの?」
(あややや。引き篭もりガチになって考えが卑屈気味になってきましたね)
これは一筋縄にいかない、と前途多難を予感させた
「そんなわけないじゃないですか。はたての家に遊びにきただけですよ」
「本当に?」
「少しお話しませんか? ドアを開けて顔を見せてくれるだけでもありがたいのですが」
チェーンが外れる音がして、ゆっくりとドアが開かれる。のっそりとツインテールの片方が出てきた。残りの部分も徐々に出てくる
「お久しぶりです。はた・・・」
「ひっ!」
挨拶の途中ではたての顔が中に引っ込み、ドアが閉じられて解かれたチェーンが掛け直される音がした
「遊びに来るやつがなんで鉄パイプなんて持ってるのよ!?」
椛が手にしている凶器が原因であった。それがはたてを驚かせた
「彼女はラフメイカーです。寒いから入れてあげてください」
「冗談じゃないわ。そんなの呼んだ覚えはないし!」
ドタバタと家の奥へ走って行くはたての足音が残された
「今の捨て台詞からして、まだギリでコミュニケーション能力は残っているようですね」
「そのようですね」
「しかし彼女、鉄パイプごときで驚きすぎです。私なんてこの前、家の玄関を開けたらヒグマが溜めパンチの姿勢で待ち構えてましたからね」
「何したらヒグマにそんな恨み買われるんですか?」







自分の部屋に駆け込み、布団を被ったはたては携帯電話型のカメラを握る
「『射命丸文』『犬走椛』『玄関前』」
それらを携帯に入力して検索ボタンを押す
これがはたての能力“念写”である。検索ワードにひっかかる映像があればそれがカメラに映し出される能力
ただし、映る映像は第三者が持つカメラが撮影した写真に限定される


玄関前

「これが何になるんです?」
メッセージの書かれた紙を持った椛に文はカメラを向ける
「はたては今頃、私たちの行動を知ろうとしているに違いありません。彼女の能力を逆手に取るのです」
椛が手にする紙にはこう書かれていた


 つみだ ころす
 らんい ちくこ
 いなじ らにし
 か心ょ か姿お
 も配う らを話
 ししぶ 出見し
 れてか 向せま
 ままど きてせ
 せすう まくん
 ん か しれか
 が と たな?
 出    い 
 て    の
 来    で
 て


「はーい。それじゃあ撮りますよ。しっかりと持っていてください。3,2,1・・・」
シャッターを押したその時、ちょうど風が吹いて紙が翻った
「あ、すみません。もう一回撮ります」
「早くしてくださいよ」




携帯から受信音がしてはたては顔を上げた
「き、来た」
ディスプレイには不機嫌な表情の椛が紙を持っている場面だった
文面にはこう書かれていた
『つみだ ころす』
「ッ!?」
この時、風によって紙がはためいて書かれていた文の一列目しか見えていなかったため、はたてはそう読んだ
「つみだころす? つみだ殺す・・・・・・『罪だ殺す』!? 何が!? 意味わかんないんだけど!?」
はたては布団から飛び上がり、玄関に走っていった

「よし、今度は上手く撮れました。見ていてくれると良いのですが」
「ちょっと文!!」
「おや、さっそく」
「なんであんなコト書くのよ!」
自分を殺すと書いた真意を尋ねる
「あなたが引き篭もってばかりだからですよ」
(引き篭もりって死ななきゃいけないほどの罪なの!?だから鉄パイプなんて用意してたの?)
両者の間で誤解が生まれた瞬間だった
「私もう、一生ここから出ないから!」
怒声の後、玄関から足音が遠ざかっていった

「メッセージ作戦は逆効果だったみたいですよ文さん」
「うーーん。こんなハズでは・・・」
腑に落ちないと首を捻る文

「気を取り直して、次の方法です」





≪作戦 その1:天の岩戸作戦≫

「良い道具があるんです」
そう言って、文はポケットからある物を取り出した
「河童さんから作ってもらったスマートフォン型カメラです」
「つまりそれでおびき出すと?」
「そうです。引き篭もった者が興味を抱いているものを扉の前に置く。これを有名な神話になぞらえ『天の岩戸作戦』と名づけます」

玄関の前。手を伸ばせば届くか届かないかのギリギリの位置にカメラを置き、二人は茂みに隠れる

「おそらく私たちが帰ったどうか、ドアの覗き穴を見るはずです。そんな彼女があれを見つけてしまったら?」
「上手く行くでしょうか?」
「液晶のタッチパネル。これに飛びつかないはたてが居ましょうか? 否、断じて否!」
「だと良いのですが」

待つこと数分
扉がゆっくりと開いた

(出た!)

ドアが開かれてはたての上半身が出てくる。首を振って左右を警戒していた

(まだです。もっと体が出てくるまで引きつけて・・・・・アレ?)

気がつけばはたての姿も、スマートフォンの姿もなかった

「うげっ。取られた。流石ははたて、腐っても鴉天狗といったところでしょうか」
一瞬で新型カメラは持っていかれた
「いやー予想外でした。日光に耐性が無いから、呪いのビデオに出てくる幽霊みたいなのっそりとした動きしか出来ないと思ってました」
「関心しないでください」
「こうなったら原作の通り。椛さんに裸になって踊ってもら・・・」
「あ゛?」
「すみません。なんでもないです」




≪作戦 その2:ともだち作戦≫

「いよいよこれが最後の策となってしまいました」
「少なっ! もっと他に用意してなかったんですか? 彼女を勇気付けるために鴉天狗の皆様で書いた寄せ書きの色紙とか?」
「それを渡された側がどれだけ精神的ダメージを受けるか考えたことあります?」




二人が次なる手を考えている間。はたては新たに手に入れた携帯を弄っていた
「すごーい。指で触っただけで動く。あ、横にしたら画面も横になるんだ。画面も綺麗ぇ」
今使っている携帯には無い新しい技術に感動する
「これだけ便利なら、もう誰にも会わなくていいや。うん、外に出なくても・・・・」
しかし、突然。なんともいえない虚しさが胸にこみ上げて来た
「・・・・・」
布団を被り、自身の生涯について振り返る

(昔はこうじゃなかったのに)

はたては過去の自分を思い返す
幼少の頃、自分は友達と遜色ない普通の子供であった
普通に学業を学び、普通に恋をして、普通に職に就き、普通に家庭を持つ。きっと自分の未来もそうなのだと思っていた

(どうして、こうなったんだろう)

他の天狗に比べ心が弱かったのか、自身の能力に甘んじてしまったのか
それとも他の天狗よりも多くの挫折と失敗を経験してしまった故に引き篭もるという選択肢を選んでしまったのか
比較する対象を持たぬはたてに、その答えを見出すことは出来ない

(昔に戻ってやり直せれば)

誰とも分け隔てなく話すことが出来て、将来に対する漠然とした不安の無い、明るい未来を信じていた無垢な自分を回想する
友達と外で毎日くたくたになるまで無邪気に遊びまわっていたあの頃

『はーたーてーちゃーん! あーそーぼー!』

その声が聞こえたら、一目散に家を飛び出し、友達と顔を合わせていた

「楽しかったなあ。そうやって私も他の家の子を遊びに誘ったんだっけ」

『はーたーてーちゃーん! あーそーぼー!』

声の音程もリズムも、今も覚えている

『はーたーてーちゃーん! あーそーぼー!』

「?」

思い出にしては、リピート回数が多すぎる気がした



一方、はたて邸の前
「こんなの効果あるんですか?」
「いいから続けてください。理由はわかりませんが、効果があるそうです。はーたーてーちゃーん! あーそーぼー!」
はたての脱引篭もりの協力者を探す際、彼女の古い友人から提案された方法だった
「ああもうっ。はーたーてーちゃーん! あーそーぼー!」

すでに椛もやけくそになって声を荒げていた
その声でドアをノックし続ける

「「はーたーてーちゃーん! あーそーぼー!」」

「ぁ・・・ぃ」

「「ッ!?」」

弱々しい声だったが、確かに聞こえた。返事がきたのだ

「「はーたーてーちゃーん!!! あーそーぼー!!」」

声を枯らすでつもりで叫んだ

「はーい」

ドアがわずかに開いた。そこから虚ろな目のはたてが顔を覗かせる

「あれ? 私なんで玄関に?」
外気を吸ってはたては我に返った
返事をしてドアを開けたのは、幼い頃を懐古した自分が無意識に取った行動だった。なかば催眠術に近い
「よっしゃ! 出た!」
開いたドアの隙間に椛が鉄パイプを差込み、梃子の原理でドアをこじ開けてはたての腕を掴み、玄関から引っ張り出す
「フリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイズ!! ドンド、アクション!! ハンドアップ! ヤマトナデシコ!!」
早口の英語をまくし立てながら、文ははたてに家の壁に手を付けるよう命令する

「いやああああああああ!! 殺される!!」
「おちついてください。しませんてそんなこと」
「で、でもさっき」
何かを踏んだ感触がして足元を見る、そこには先ほど見た紙があった



 つみだ ころす
 らんい ちくこ
 いなじ らにし
 か心ょ か姿お
 も配う らを話
 ししぶ 出見し
 れてか 向せま
 ままど きてせ
 せすう まくん
 ん か しれか
 が と たな?
 出    い 
 て    の
 来    で
 て


「・・・・・」

この時、はたては一つ誤解をしているのに気付いた
はたてから抵抗の様子が消えたようなので、文はここに来た目的を果たすことにした
「はたて、天魔様から『新聞作りを再開せよ』と言付けを賜っています」
「そんなこと言われても無理だから、もうまともに人の目なんて見れないし。アポだって取れないし」
「至極残念ですね、せっかく頼れる助手を連れてきたというのに」
「助手?」
「ここにいる犬走椛さんです」
「はぁ! 何を言って・・・」
眉根を顰(ひそ)める椛を余所に、文はつらつらと言葉を並べていく
「彼女があなたの言葉を忠実に守り様々なサポートをしてくれます。取材のアポ取りから、取材中のメモ、あなたが書いた記事の推敲などエトセトラエトセトラのなんでもござれ。グラビアだってやっちゃいます」
「聞いてないぞそんな話は!」
文の胸倉を掴み上げ、牙を剥き出しにして怒鳴った
「そんなこと言わず、お願いしますよ」
文は涼しい顔のまま穴の空いたうちわで自分を扇いでいる
「断る! ひきこもりの社会復帰の面倒まで見れるほど、私は暇じゃない!」
今にも文の喉笛に噛み付きそうな剣幕だった
「おやおや。下っ端さんの白狼天狗が鴉天狗様の命令が聞けないと? あまつさえ胸倉を掴むなど言語道断」
「くそっ」
突き飛ばすようにして胸倉から手を離した
「考えてもみてください。私のお願いを断って私から顰蹙を買うよりも、従って私に借りを作っておいたほうが、有益だと思いません?」
文の天狗社会における地位はその実力を買われてか、意外と高い
「わかりました。わかりましたよ。ええわかりましたよ。射命丸様の仰せのままに」
「犬らしく従順で大変よろしい」
「これで一個分の借りだとは思わないでください。これから散々付き合わされるのですから。利子だってたっぷりと上乗せて返してもらいます。覚悟してください」
「ええ、かまいません。なんなら足りない分は体でお支払いしましょうか?」

二人の話がまとまったので、文ははたてを見た
「そういうことです。優秀な助手がついたのですから大分取材が楽になりますよ」
「でも、今更誰も私の新聞なんて」
「そんなことないですよ。はたては才能があります」
「適当なこと言わないで! 私の新聞が万年ワーストだったのあんた知ってるでしょ!」
(困りましたね。もう一押しなのですが)

頭をフル回転させて彼女を説得する言葉を探す

「大丈夫、これから努りょ・・・」
「はたてさん、あなたの書く花果子念報ですが」
文が掛けようとした気休めの言葉に、椛の声が覆いかぶさった
「私は良く読んでましたよ。他の鴉天狗が出す新聞と違い客観的な意見が多い。作り手の主観だけで語られると事実は必ず歪曲されますから、読み手としてはあなたの書くモノの方が情報として頼りになっていました」

それから椛は彼女が過去に発行した記事についての感想を挙げ連ねた。その中には批判もあったが、はたては真剣に耳を傾けた

「確かにあなたの新聞は鴉天狗同士の記事での人気は低いかもしれない。ですが、私は支持します」

その言葉こそ、文が求めていた最後の一押しだった

「新聞、すぐには書けないよ?」
小さな声ではあったが、内に力が篭っているのを感じた
「構いません。あなたの好きなペースで一部書いていただければ。私はそれに合わせてサポートします」
「それなら・・・・・・やっても良い。読んでくれる人がいるなら・・・」








帰り道
「お陰で天魔さまに良い報告が出せます」
「それはそれは」
今更になり、安請け合いしてしまったことを後悔する
「本当にありがとうございます。最後のセリフ、もう抱かれても良いってくらいカッコよかったですよ。なんなら今から私の家に来ます?」
胸元のボタンを四つ外してアピールする
「慎んで拒否します」
「もう。据え膳を食わないなんて、私に恥をかかす気ですか?」
不機嫌そうにボタンを直す

「はぁ」

夕日によって身の丈よりも遥かに長くなった自分の影を見て思わず溜息がこぼれる

(まあ、いいか)

好きな新聞が再開する、とりあえずそれだけは素直に喜んでおこうと思った




【 episode.2 グラビティバウンド 】


「ねえモミちゃん」
「はい?」
「若さって何かしら?」

定期報告にやってきた椛に、大天狗はおもむろに尋ねた

「『振り向かないこ』と『躊躇わないこと』って誰かが言ってました」
「大天狗お姉さんは性欲だと思うの。異性を求め、結婚したい願望を持ち、女子力を磨く女は皆すべからく少女なのよ」
「・・・・・・」
「はぁ・・・」

死んだ魚の目をした大天狗はキセルをふかす

「この間の合コン、惨敗だったんですか?」
「その件については天狗社会の最高機密にあたるので、回答を拒否します」
「それで毎晩自棄酒に自棄食いですか?」

目の下には大きな隈が出来ており、吐く息もどこかアルコールの香りがした

「しかしまずいわね。こんな生活してたら基準値を遥かに超える体重になっちゃうわ」
「今、大天狗様は何キロくらいですか?」
「モミちゃん、いくら女同士とはいえ、その訊き方はないんじゃない?」
「失礼しました。えっと・・・・・・今、大天狗様は何ポンドくらいですか?」
「単位を変えたら答えてもらえるっていう発想がすごいわ」

キセルの先を煙草盆に向け、逆さにして振って筒先の灰を落とす

「しかし『女の子同士』ですか・・・」
「何々? どったの? 困った顔なんかして、お姉さん相談に乗っちゃうよ?」
「なんで天狗って同性愛者が多いんですかね?」
射命丸文から受けるアプローチにうんざりしていた
「それについては鞍馬天狗の時代からずっとだからね、今更どーこー言えないよ」
「まあ確かに、鼻高天狗なんてガチレズとガチホモしかいないですもんね」
何故今日まであの種族が続いてるのかが、妖怪の山七不思議に一つとされている
「まあ私はいい加減良い男見つけて、寿退社したいけどね」
「寿退社って大天狗様でも出来るんですか?」
「あー、どうだろそこんトコ。考えたこと無かった」

ムムムと大天狗は考え込んだ
しかしどれだけ考えても答えは出てこなかったので、彼女は話題を変えた

「ところでいつもの剣と盾は?」
現在椛が携帯しているのは短い鞘に納まった二本の鉈だった
「昨日。河童の友人に砥いでもらうために預けました。その代用品です」
短い鞘から抜かれた鉈の刃は肉厚で、地金の波紋がなんとも禍々しい光を放っていた
「夜中に出会ったら私でも全力で逃げるレベル。もうそれで何人か殺ってるよね?」
「いいえ。薪割り以外に使ったことはありません」
「嘘だッ!」
「本当ですよ」
鉈を鞘に納め、布を巻く
「とりあえず。装備は正規のものを使うように。お願いします、ホントマジで。熊の頭も一発でカチ割れるじゃんソレ」
「わかりました。これから取りに行きます。多分、もう砥ぎ終わってるはずなので」
預けた河童が持つ工房には、砥石が高速で回転する電動の研磨機があり、それを使うため預けた翌日には終わっているのが常だった
「あ、そだ」
何かを思い出し、部屋を出て行こうとした椛を呼び止める
「行くついでに届けて欲しいものがあるのよ。河童の長に。ちょっと待ってて」
一旦部屋を出て、戻ってきた大天狗の手には水桶があった
表面全体が紅、ふちが黒の漆塗りが施された高級感ただよう水桶であった。持ちやすいアーチ状の取っ手の部分も塗装が凝っている
水が張った桶の中には拳大の玉が浮かんでいた
「尻子玉ってやつですか?」
「そっ。一年に一個しか取れないレア物らしいわ」
「へー」
この尻子玉が他に比べて何が良いのか、椛には判別できなかった
そもそも知ろうという気も起きなかった







(また面倒なモノを頼まれた)
溜息を一つ吐き、水桶を見る。彼女の気持ちも知らないで水の中でぷかぷかと尻子玉が優雅に浮いている
飛んで移動すると手元が揺れるため、徒歩で椛は河童の集落を目指していた

昼飯前には目的の場所が眼下に映った
(思ったよりも早くついた)
目の前には大きな坂があり、この傾斜を下れば河童の集落である

「おや。椛さんじゃないですか。奇遇ですね」
上空から声をかけたのは、彼女にとって最も出会うのを避けたかった射命丸文だった
「どうしたんですか、そんな物騒な装備に桶なんて・・・・・・・まさかその桶の中に誰かの首がっ!?」
「違います」
「なんだ違うんですか。じゃあそれは一体なんです?」
黒い羽を背中に完全に隠し、椛の横に着地する
「言えません」
大天狗からの預かり物を、そう易々と口にするわけにはいかなかった
「そんなこと言わず教えてくださいよ。私たちの仲じゃいですか」
「駄目です」
「なんですか椛さんのケチ! もう知りません」
頬を膨らまし椛に背を向ける
「ケチで結構。さっさと失せ・・・」
「隙あり!!」
椛の一瞬の虚を突き、文は後蹴りの要領で踵で水桶の底を蹴り上げた
彼女の手を離れた水桶は空中を垂直に舞う
「特ダネの匂いがします! 中を検(あらた)めさせて頂きます!」
「させません!」
空中の桶を奪おうとする文の手を椛が叩き阻止する
「あややややややややややややややや!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
繰り出される文の神速のラッシュを、手の甲で弾き、掌底で払い、指先で軌道を逸らし、手首でいなし、時折混ぜられるフェイントを数瞬で判別し捌く
両者の手によって叩かれながら滞空する桶は、水を一滴も零していない
「ほう、私のスピードについてこられるとは、腕を上げましたね。しかし一手。私のほうが多かったようですね」
水桶は文の手に渡っていた
「くっ」
「ふふんっ。では早速中身を」
勝者の笑みを椛に向けてから、桶の中を覗き込む
「おおっ、これは尻子玉じゃないですか。しかも上物、三年に一個しか取れないでしょうねこれは」
「何を基準に良いモノだってわかるんですか?」
「私、尻子玉ソムリエ1級の資格を会得しておりますから。それくらいの鑑定眼はあります」
「そんなのあるんですか? ・・・・じゃなくていい加減返してください。中身もわかって満足したでしょう」
手を出す椛に対して文は水桶を背中に隠し、指をチッチと振る
「今回はお使いだから良かったものの、例えばこれが大天狗様の密書で、敵の手に渡ったら一大事な品だったら。あなたは一体どうするつもりですか?」
「それは・・・」
想定していないわけではなかった。だから文にさえ見せるのを拒んだのだ
「さあ、大天狗様より受けた大事な密書が敵に奪われ、読まれてしまいました。犬走椛はどう責任を取るんですか? 切腹するなんて言わないでくださいよ?」
「こうします」
「ほえ?」
座り込むように姿勢を低くし、右手を地面につき、それだけで自身の体重を支えながら、腰を大きく捻り足をピンと張り敵の足元を刈る
倒れた敵に覆いかぶさり、両膝を文の両肩に乗せて動きを制限、鞘から抜いた二刀の鉈を文の首もとに突き立てた
「もしも密書を読まれたら、今すぐそいつを始末するだけです。こんな風に」
鉈は文の喉仏の前で交差していた。生殺与奪は今、椛の手の中にあった
「その回答、百点満点です。ちなみにこのまま唇を奪ってくれたら百二十点になります」
「じゃあ命を奪うとあと何点貰えますかね?」
交差する鉈の角度を徐々に鋭角にしていく
「すみません。ジョークです。調子に乗って・・・・あ」
弁解しようと振るった手が、そぐそこにあった水桶にぶつかる
倒れた桶からこぼれた尻子玉は、そのまま坂の方向へとそのまま転がっていく
「あ、え、ちょっと! なんてことを!!」
椛が目を向けた時には、尻子玉は坂を転がり落ちていた
「不可抗力です! 決して故意では!」
「いいから追いかけますよ!」
本来ならのんびりと下る予定だった坂を、椛は全力で駆けるハメになった



転がる速度が思いのほか早く、簡単に追いつくことが出来ない
「ねえ椛さん! なんかコレって異国の祭りみたいですね!」
椛の横を文は並走する
「いいから走って! そもそも鴉天狗なんだから、飛べばあんなのすぐに追いつけるでしょう!」
「そうしたいのは山々なんですが・・・・」
恥ずかしそうに指先を弄る
「 ? 」
「あなたよりも前に行って飛んだら、その・・・・見えちゃうじゃないですか、スカートの中が」
微妙に乙女の顔してるのが椛をイラつかせた
「私は微塵も気にしませんから行ってください! ほら急いで!!」
「なんとデリカシーの無い言葉! 勝負下着以外は絶対に見せないという私の気持ちをなぜわかってくれないのですか! 傷つきました、傷つきましたよその言葉には!」
「ああもう本当に面倒くさい!!」

言い合いながら二人は転がる玉を追いかける


「おーーい! 椛ぃー!」

転がる尻子玉の先。坂の中腹あたりで彼女等に手を振る者がいた

「おや、にとりさんですね。彼女が手にしているのは」
「私の剣と盾です」
椛が剣と盾の砥ぎを頼んでいた河童というのは、河城にとりのことであった
にとりは先ほど椛の装備の整備が完了したため、椛のもとへ直接届けようと思い工房を出て坂を上っている最中だった
「うわっ、なんか転がってきた。あれって尻子玉?」
「にとりお願いします! それを止めてください!!」
「ガッテン!」
持っていた剣と盾を置き、腕をまくる
「しかしなんと立派な尻子玉。これは五年に一個の逸材」
河城にとり。尻子玉ソムリエ弐段の腕前である
「おりゃああああああッ!! って畜生!!」
真正面で待ち構えていたにとりだが、彼女の手前で玉が大きく跳ねて、彼女の頭上を飛び越えた

「ガッテム! のびーるアームでも届かない! ごめん椛!」
「いいえ、お手柄です!」
踵で制動をかけてスライディングしながらにとりの横を通過する

「さっそく使わせてもらいます」

にとりが持ってきてくれた盾を掴む

「おりゃっ!」

足元に投げて、その上に跳び乗る
隆起した盾の正面は坂を滑るのに適しており、乗った状態で前方に体重を掛けると、歩法ではまず出ない速度まで一気に加速する
徐々に尻子玉の距離を縮めていく
「らあっ!」
盾から飛び上がり、大きくバウンドしながら坂を転がる尻子玉を両腕で抱え込むようにキャッチする
「よし! 取った!」
「椛さん危ない!」
「椛! うしろ!うしろ!」
安堵したのも束の間、文とにとりが顔を蒼白させていた
「へ?」
振り返った彼女の目は、すぐそこまで迫っている民家の壁が見えた








「壁から失礼します村長。大天狗様よりお預かりしている品をお届けにあがりました」
まったりとお茶を飲んでいた長い髪の女性に、抱きかかえていた尻子玉を差し出す
「まーまー。頼んだ即日にもうお届けにあがってくださるなんて、ご好意痛み入ります」
突然壁を破壊して登場した椛に全く驚くことなく、河童の村長は朗らかな笑みのままそれを受け取った
「なんと立派な尻子玉でしょう。これは十年に一個現れるかどうかの幻の一品」
河童の村長は尻子玉ソムリエ伍段を唯一会得した人物である
(何故だろう、見せるたびにランクが上がっていく気が)
木板の破片にまみれながら、椛はそんなことを思った











「折角来たんだし、家に寄ってきなよ」
にとりの申し出を二人は受け、彼女の工房へお邪魔する

「文さんの相手をしたくないので、私がお茶を淹れますね」
「え? う、うん。わかった」
「せめて小声で言ってください」

屋内は居住スペースと作業スペースが真ん中で真っ二つに仕切られていた
にとりの住む建物は正面から見れば家に、裏側から回って見たら工場に見える奇異なつくりになっている
椛がお茶の準備をしている間、文は工房の中を見て回ることにした
「いろんなのがありますね」
「でしょう? これなんかおもしろいよ!」
一見ガラクタにしか見えないそれを、にとりは目を輝かせながら文に説明する
椛がお茶を淹れ終るまで彼女の発明自慢は続いた




「そうだ、ついにあの装置が完成したんだよ」
お茶を飲み、談笑しながらの途中、にとりは椛にそう報告した
「本当ですか!?」
「うん、これで修行したら短期間で強くなれるよ」
「 ? 」
二人の会話についていけず、文は首を捻る
「あ、ごめん。これのことさ」
にとりは工房に入り、ある物体の前で立ち止まると、それに被せられているシーツを剥がした
縦・横・奥行きが全て二メートルの鉄の箱が現れる
「重力操作装置。この装置の中なら、重力を二倍にも三倍にも出来るんだよ」
短期間で効果的な鍛錬を積みたいという椛の言葉から生まれた装置だった
「それはすごい。是非とも取材を、まずは原理と構造を」
新聞記者の性がすばやく胸元からペンとメモ帳を取り出させる
「うん、重力って聞くと難しく考えがちだけどこれは・・・」
「あ、すみません。やっぱりいいです。取材もやめます」
何かを思い出したように、突然ペンを戻し、書き始めたメモ帳はビリビリに破ってポケットに仕舞った
「おい」
好意で説明しようとした友人に対する文の仕打ちを見て、静かに剣の鞘を取る

「私のこの発明、面白くなかった?」
にとりは泣きそうな、不安そうな表情で尋ねる
「いえいえそんな、大変魅力的な発明だと思います、ただ」
ちらりと横目で椛を見る。柄こそ握ってはいないものの、もし自分が彼女を傷つける発言をすれば容赦なく抜刀するのがわかった
「これを取材する権利は後輩の新聞記者に譲ろうと思いまして」
その言葉の後、椛は肩の力を抜き、腕の力を緩めて提刀(さげとう)の状態に戻る
「では、呼んで来ますね。私はもう来ません。お茶、ご馳走様でした」
軽く頭を下げてから足早に工房を出た






にとりの家の壁に背中を預けて文は大きく息を吐いた
「はぁ~~~~~~すっごいプレッシャーでした」
白狼天狗の彼女にとって、鴉天狗が将棋仲間である河童を蔑ろにするのが許せなかったのだろう
「他人に誤解を招くこの喋りの癖を、いい加減に改めないと、いつか本当に斬られてしまいますね」
殺意にも似た感情をぶつけられただけで膝が笑っている。それに寒気もしてしょうがなかった
「はたてに連絡したら、今日は家で大人しくしていましょう」
背中から黒い羽を出現させ、それを一打ちさせると大空に飛び上がった





機械の周りと椛はぐるぐると回る
「しかし、本当に出来るとは」
自分の提案したものが実現して、椛の尾は大きく揺れていた
「うん。まだ試作機一号だけど。はたてさんが来る前に一回起動させてみる?」
「御願いします」
「よしきた」

にとりがスイッチを入れた瞬間

「うわっ」
「ぶっふぅ!」
椛はしたたかに鼻を打ち、にとりも胸から倒れた
「うぐおおぉぉ・・・」
「どうやら重力操作の範囲が機械の外まで及んでるみたいぃぃ」

機械が誤作動したらしかった。日常生活ではまず体験することの無いGが二人を押し潰そうとする

「どうしよう椛! 手足に力が入んない。上に自分が6人くらい乗ってる感じがする、なんか色々凄すぎてもう笑うしかない!あはははははは!!」
「頑張ってにとり! もう一回スイッチを押したら止まるんですよね?」
「う、うん」
「ああくそっ! でも全然立てる気がしない!」
腕立て伏せを軽く千単位こなせる椛ですら、今の状態では起き上がるのは困難だった
そんな時、工房のドアをノックする音が室内に響いた

「なんか文がココに面白いものがあるって聞いたんだけど、誰かいますかー?」
「はたてさんですか!」
「あ、椛の声だ。お邪魔するね」
ドアが動いた瞬間、二人は声を荒げた
「来たら駄目です! 入っちゃ駄目です!」
「私からもお願い、入らないでお願い! 他の人を呼んできて!」
このまま、はたてまで巻き込まれたら、自分達を救出してくれる者がいなくなってしまう。だから必死に呼びかけた
「来て早々に帰れとチェンジとか言われて心折れそう・・・・でも負けないんだから!」
引篭もっていた頃の自分とは違うと言わんばかりに、力強くドアを開け、一歩踏み込んだ
「「来ちゃらめえええ!!」」
そしてはたても地面に伏した
「へぶしっ! なにこれ! すんごい体が重い! 潰れる! 二次元になる! ど根性はたて!?」
「だから言ったんです! 大丈夫ですか!」
「あ、でも慣れればこの重圧はなんか安心するね。お布団かぶっているみたいで」
「「えー」」



三人が地面に押し付けられた状態でしばらく時間が流れる



「この状態になって、かれこれ一時間は経つね。椛、起きられそう?」
「まだ厳しい。これが限界」
生まれたての小鹿のような姿勢のまま、椛は体を痙攣させる
「そういえば、はたてさんは?」
椛が首を回すと、彼女は床に寝そべって携帯を操作して暇をつぶしていた
「私ここで一生暮らす」
「このままだと死んじゃいますよ?」
「寝返り打てば血もちゃんと循環するし、平気・・・・・あ、携帯の充電切れそう」
「コンセントなら三時の方向の壁だよ」
重力で指が動かせないため、にとりはそう教えた
「ありがとう」
シャクトリムシのような動きで地面を這い、段差は寝返りでクリアしてコンセントを目指す
「なんでその適応能力を社会的な方向に今まで使ってくれなかったんですか」
はたてがコンセントに充電プラグを差し込んだ瞬間だった

「お?」
「体が軽くなった」

先ほどの重圧が急に消えうせた
「あれ、充電できてない?」
コンセントに差したはずなのに、携帯には充電のマークが出てこない
「ブレーカーが落ちたんだ。電力の使いすぎで」
「なるほど」
椛は手足を動かして動作を確認する
「体が凄く軽くなった気がします」
「そうだね。今なら通常の三倍で動ける気がするよ」
通常の重力に戻り、胸を撫で下ろす二人
「ぎゃはぁっ!!」
「どうっふぅぅ!!」
しかし次の瞬間。再び目に見えない荷重が二人を襲う
「な、なんで?」
「もうちょっとこのままでいたい」

ブレーカーを戻し、重力操作装置のスイッチを再び入れたはたてがそう言った

「「この馬鹿ああああああ!!」」

助けが来るのは、しばらく先のことだった






【 epilogue 】

まだ鳥も目を覚まさない夜明け前
今週は椛がこの時間帯に哨戒をする番であった

巨木にもたれ、足元の焚き火を光源にして新聞に目を通す

(花果子念報もついに再開か)

例のにとりの発明が一面を飾っていた
(あの後は大変だった)
結局。近所に住む河童が異変に気付いて救助してくれるまで、半日はあのままだった
にとりは現在、試作機2号の製作に取り掛かっている
今度は安全性を重視しているとのこと
(また今度はたてさんと取材に行かないと)
この件は花果子念報の独占取材ということにしてもらっている



にとりの記事の下。小さな見出しには山の行事が取り上げられている
(これも大変だったけ)
人ごみの中、吐きそうな顔のはたての手を引きながら祭りのメインをカメラに納めるべく最前線に向かったのだ
しかし途中ではたてがギブアップしたため、内容は出店や場繋ぎで執り行われた催し物の取材に切り替わった
(そもそも、楽な取材なんてないか)
そう思い直して一人苦笑した
(天狗が大勢集まっている場所にはたてさんは自分の意思で行こうとしたんだ)
大きな進歩だと素直に評価できる
(この分なら、私がいらなくなるのもそんなに先のことじゃないな)
せいせいすると、素直に思えない自分がいた



さらに目線を隅に動かす。スポンサー枠には人間の里の酒蔵が入っている
(これは文さんのツテでしたっけ)
本来この酒蔵は文文。新聞のお得意さまであった
人間の里で最も規模の大きな酒蔵で、有名な新聞にしか広告を載せないのだが、文が酒蔵の主人に必死に頼み込んで、こちらにも載せてもらったのだ
もちろん広告料は一切取っていない

「うん。面白い・・・・・おや?」

一通り読み終えると、火の粉が当たったのか、新聞のいたる所に小さな穴が開いているのに気付いた
少しもったいない気がしたが、新聞紙を丸めて焚き火にくべた
(面白い新聞だろうが、つまらない新聞だろうが、燃えてしまえば一緒か)
灰に変わっていくはたての新聞に侘しさを思う



体を大きく伸びをしてから、一歩跳躍。太い枝に着地して、その反動を利用してさらに上へ、三歩目でこの辺りで一番高い木の頂頭に降り立つ
焚き火の光で明るさに慣れてしまった目を閉じる
目が暗闇に適応したのを見計らい再び目を開けた

侵入者はいないか、迷子はいないかと千里眼を光らせる

「異常なし」
今日も山は平和であった
「精が出ますね」
「ああ、文さん」
椛のすぐ横には文が翼をはためかせていた。椛の姿を見つけて音速でこちらまで来たのだろう
「早番ですか? 眠いでしょう?」
「そうですね」
「私の家に来ます?」
「遠慮します」
「ちぇっ」

文は他に木には止まらず、椛の隣で飛翔を続ける

「ねえ椛さん」
「はい」
「私は白狼天狗の歴史や文化にそれなりに知っていると自惚れています。ですがあなた達の内面が未だに理解出来ないのです」
普段の飄々とした文には無い、どこか緊張感のある喋りだった
「どうして下っ端という扱いを受けながら、今日まで山を守ってこられたのです?」
かつて妖怪の山は鬼が支配していた。その頃から白狼天狗の扱いはぞんざいであった
「そうですね。腹の内を正直に明かすと『ここの天狗は守る価値なんてあるのか?』って自問自答する時はありましたよ」
昔に比べ相当マシにはなったが、一部では今でも種族間の差別は続いている
「それなのに反乱を起こした歴史が存在しない。単純に力の差を理解していたから?」
「さあ? なかば刷り込みに近いのかもしれません。だから誰も決起しなかったのでは?」
縦社会で生きている以上、そうなるのは仕方ないといった諦観もあったのかもしれない
「良いのですかそれで? 革命も下克上もせず、あなた方は未来永劫、その地位に甘んじるつもりですか?」
「そりゃあ怒りに任せて獣のように突っ走ってやろうと考えた時期くらいありますよ。当然です。目の前で仲間がゴミのように死んで行った光景を何度も見ているのですから」
椛は昔から生きてきた白狼天狗の一人である。そのことを知るのは文や大天狗、天魔などごく少数だが
「ですがそんな時、見つけたんです、思わず足を止めてしまうほど。あまりにも綺麗で。蛍火よりも、花火よりも、彗星の軌跡よりも、ずっとずっと美しく輝いているものを」
「なんですかそれは?」
「もうすぐ見られます」
椛は顔を上げる。すると東の空が徐々に白み始め、朝日が地平線の向うから頭を出した
影がまるで太陽を恐れ逃げ出すかのように、日の光が広がっていき、山の裾野、川辺、山の中腹、滝、山頂。天狗の町、河童の集落、やがて山の全てを明るく照らし出した
「この光景は今の山でなければ見ることが出来ないんです。天狗の社会を守ることが、この景色を守ることに繋がるのなら。私はその使命を担えることを誇りに思います。下っ端と呼ばれようが、犬っころと呼ばれようが、そんなのは川のせせらぎで聞こえません」

見惚れてシャッターを切るのを忘れてしまうほどだった

そのことを思い出し、文は慌ててファインダーを覗き込む。レンズの先はこの景色ではなく、彼女の横顔に向いていた
そんな文に椛は優しく微笑んでから後ろ向きに宙返りして地面に着地する

「きっと他の白狼天狗にも、何か守りたいものがあるのですよ。だから今日も哨戒の任に就くのです。まあ中には考えることを放棄しただけの馬鹿もいますが」

足で焚き火に砂をかけて消火する

「さて、日も昇ったことですし。もうすぐ交代の者が来るでしょう・・・・・・・文さん」
未だにカメラを構えたままの文に声をかける
「は、はい」
「朝一でやってる茶屋があるんです。一緒に朝食でもいかがですか?」
「よろしいのですか?」
「いつもは誘ってもらってばかりですから、たまには私の方から誘わないと。ただし割り勘ですよ」
地面に降りた文は物珍しい目で椛を見る
「私の顔に何か?」
「いや、その、何時に無く機嫌がよろしいので」
ここまで優しい椛を見るのは文にとって初めてだった
「確かにそうですね」
椛も自覚したのか、恥ずかしそうに頭を掻いた
「では行きましょう。超特急で」
勢いに任せて文は椛の手を握る
「なぜ急ぐのですか?」
「決まってます。ちんたらしていて、またいつもの仏頂面に戻ってしまわれては嫌ですからね。次に見られるのは何年先になるか」
のんびりしている間に、椛が心変わりして約束を反故されるかもしれないと思った。それが無性に怖かった
「ならば尚更。このままのペースで行きましょう」
逸(はや)る文の手を握り返し、椛はゆっくり行こうと提案する

「こんな名前ですが、実は歩くほうが好きなんです」
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